ウェディング・チャイム

「だけど、美紅なら『健やかなるときも、病めるときも』支え合える相手だと思った。都合のいい時だけ利用するような、そんなずるさなんて微塵もない」


『都合のいい時だけ利用する』という言葉を聞いて、思い出した。

 元カノさんのことで、甲賀先生も深く傷ついていたんだ……。

 男性不信、女性不信だった私達。

 お互いに、やられたらやり返すという性格ではない分、心の中にずっと不信感を閉じ込めて、表面上は笑って過ごす。

 私は結婚なんてしない。

 母を見てそう決めていた。

 だから、小学校の先生を目指した。

 独身でも毎日子どもと関われる。

 一生続けられる、やりがいのある仕事。

 仕事だけに目を向けて、必死にこなしていた。


 そんな毎日に、甲賀先生が違う喜びを与えてくれた。

 恋をすること。時には嫉妬して、誤解して、すれ違って。

 愛されること。必要だと求められ、尊重されて。


「その一方で、俺は割とずるいんだ」

「え?」

「美紅がスキー未経験だって話してくれた時、すぐ『スキー合宿』を思いついて、予約を入れた。忘年会で渋谷ちゃんがニセコで教えようって提案した時は、心の中で奴を遭難させたね」

「……遭難、ですか」


 私の妄想パトラッシュ、可哀想な渋谷先生を助けてあげて。

「そうなんですよ……って、ここで俺にオヤジギャグを言わせてそういうムードをぶっ飛ばそうとしてるだろ!」

「違います! 偶然です!」

「前言撤回、美紅もずるい。俺が迫ると必ず逃げる!」


 何だか訳のわからない理屈を展開され、私があっけにとられている間に。

 昨夜と同じく、お姫様抱っこでベッドへ運ばれてしまった。


 強引な行動とは裏腹に、そっと降ろしてくれて、私の顔をのぞき込む。

「覚悟はいい?」


 今更そんなことを聞かれても。もう、逃げ道は『ずるい』という言葉で塞がれてしまったというのに。

 わからないことがあったら、とにかく聞け、とアドバイスされたのを思い出す。


「……こういう時、どうすればいいんですか? 教えてください」

「そうだな……習うより慣れろ。大事なことだから三回言った。あと、美紅が好きだっていうのはもっと大事な事だから、これから何度も言って聞かせる」



 
 習うより慣れろと言われましても……慣れる以前の問題のような気がしますとは言えず。

 恥ずかしくて、切なくて、もどかしくて、気持ちよくて、痛くて、熱くて、幸せで、訳がわからなくて。

 ……爆ぜるかと思いました。

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