ウェディング・チャイム
私が先に学校を出て家で着替えて準備をしている間に、甲賀先生が迎えに来てくれた。
念のため、二人ともコンタクトを外して眼鏡に。私はマスクも着用。
本当は、修学旅行の時にお世話になった旅行代理店にお願いしたかったけれど、秘密にする以上、避けなくてはならなかった。
私達のことを誰も知らない、できるだけ子ども達に見つからないような場所にある旅行代理店をリサーチしてくれたのは甲賀先生。
オフィスビルが立ち並ぶ一角にある旅行会社へ着いた。
「そこ、滑るから足元気を付けて」
以前、駐車場で転びそうになった時以来、甲賀先生は必ず声をかけてくれるようになった。
「ありがとうございます」
車から降りるとき、念のため周囲を確認。大丈夫、知り合いはいない。
当然のことながら、手など絶対に繋がない。
見つかったときに言い逃れできないようなことはしない。
たとえ、それがどんなに寂しくても。
駐車場から少し歩いて、旅行代理店へたどり着いた。
甲賀先生がドアを開けると、先客がカウンターに座っているのが見える。
少し待っている間、パンフレットでも見ていよう。
甲賀先生と並んで、パンフレットが並んでいる棚をぐるっと見回す。
一番種類の多かったハワイの棚の前で止まった時、何となく視線を感じた。
カウンターに座っていたお客さんが、こっちを見ている。
……よく見たら、あのお客さんは、奈々ちゃんとお母さんだ!
お隣にいるのは、多分お父さん。お父さんと窓口のお兄さんが話している間に、気づかれたのかも。
どうしてこんな時間に、こんなところで会っちゃうの!?
私が気づいたのとほぼ同時に、甲賀先生も気づいたらしい。
二人で一瞬、目を合わせて、それから頷いた。
『こんな時は、先手必勝! こっちから声をかけるべし!』
まずは担任である私が先に挨拶をした。
「佐々木さん、こんばんは! 奈々ちゃんとここで会えるとは!」
「あ~、やっぱり、先生だったのね。似てると思ったけど、眼鏡だったし、ちょっと自信がなくて」
奈々ちゃんのお母さんも愛想よく応じてくれる。
だけどその目線は、甲賀先生を捉えているではないの。
これはもう、甲賀先生も逃げられないパターン。
何とか自然にごまかす方法を必死に考えていたけれど、そんなことはすぐ思い浮かぶはずもなく……。