ウェディング・チャイム
甲賀先生も、ついに行動に出た。
「佐々木さん、こんばんは。ご旅行ですか?」
「ええ。春休みに家族で東京へ行こうと思っていたんです。甲賀先生と藤田先生は?」
きた。思いっきり探りを入れられている。
私達をを並列で処理しているところをみると、既に奈々ちゃんのお母さんの頭の中では、私達は付き合っているのだというストーリーが出来上がっているらしい。
これはまずいですよ甲賀先生!
また、甲賀先生がちらっと私を見て、それから『大丈夫』というような微笑みを浮かべた。
「残念ながら旅行ではないんです」
「あら、違うんですか?」
「ええ。来週、旭川で教育講演会が行われるんですけれど、人が集まらないらしくて、動員がかかってるんですよ。で、旅費を出すから行ってくれ、と頼まれまして」
そう言うと、甲賀先生はカバンからごそごそとクリアファイルを取り出した。
奈々ちゃんのお母さんに見せながら、もっともらしい説明をはじめた。
「酷いんですよ、これ。土曜日の午後一時から三時までの講演会だから、日帰り出張で一日潰れるんです。こんなの家族持ちは誰も行きたがらないから、私と藤田先生で引き受けたっていう……あ、愚痴ったのは秘密にしておいてくださいね」
私もうんうんと頷きつつ、そのクリアファイルに挟まれた研修案内を見た。
さすが研修部の甲賀先生。もしかしたら、こういうシチュエーションを予想していたのだろうか。
「お次でお待ちのお客様、お待たせいたしました」
ちょうどいいタイミングで、カウンターへ呼ばれた。
どうやら、奈々ちゃんのお父さんと受付のお兄さんの話が終わったようだ。
「それでは、失礼します。佐々木さん、楽しいご旅行になるといいですね!」
奈々ちゃんファミリーにご挨拶をして、私もカウンターへ並ぼうとした。
「先生も、楽しい講演会になるといいですね」
……それは、どういう意味だろうか。やっぱり、主たる目的がバレているのかも。
「ありがとうございます。日帰り出張、楽しんできます」
とりあえず、こう答えておいたけれど、この場合の模範解答は何だったのだろう。
結局、講演会へ参加することになってしまったけれど、奈々ちゃんファミリーが帰ってからは、ひっそりこっそり旅行代理店のお兄さんに色々相談することもできた。
あとは、奈々ちゃんから「旅行代理店でハワイのパンフレット見てる甲賀先生と藤田先生を見ちゃった」なんていう話が蒸し返されるのを覚悟するしかない。
Xデーがいつになるのかドキドキしながら待っていたのだけれど、まさかそれがバレンタインデーと同時だったとは。