ウェディング・チャイム
普段、全く意識せず毎日賑やかな職場で会話を交わしている相手だけに、今のような『音のない』状況がめったになくて。
自分たちの姿を客観的に見たのも、もちろんこれが初めてだったから。
しかも今日の私達は、いつものアディダスのジャージではない。
堅苦しいスーツでもない。
「腕章と貴重品を持って降りよう。暗いから、足元に気を付けて」
甲賀先生の声が、いつもよりずっと近く感じられる。
体育の時間、グラウンドでもよく響くいい声だと思っていたけれど、今のように小さな声でも、頭の中に響くような気がした。
とても丁寧に発せられた、私を気遣ってくれているのがよくわかる、優しい声。
職員室の距離感と、車内の距離感って全然違うんだ……。
隣同士の机であっても私達の間には書類の山がそびえ立っているから、物理的にも距離を感じるけれど、ここにはそれがない。
あのふざけた軽口ばかりの甲賀先生を一瞬でも意識してしまうなんて、ちょっとおかしい。
きっとこれは、暗闇の密室が見せた幻だ。
頭を軽く左右に振り、それから慌てて組んだ両手を上にあげて背伸びをした。
縮こまった体を伸ばしているふりをして。
その間に甲賀先生は後部座席から荷物を取り出し、助手席側へ回ってドアを開けてくれた。
「高いから降りにくいだろ。つかまって」
甲賀先生が手を差し伸べてくれた。
いつも私よりずっと目線が高い人だけれど、まだプラドの助手席に座っている私と、外に立っている甲賀先生だったら、それほど変わらない。
ほぼ同じ高さで、視線が合った。