ウェディング・チャイム
「徹夜覚悟で頑張りますから!」
「ま、明日は金曜日だし、徹夜明けの勤務としては体育もない、平和な日程だからいいか。じゃあ、一人ひとりの心に寄り添うような文章、期待してるぞ」
「またそんなにハードル上げないでくださいよ! 私、文系じゃないんですから!」
「いいんだよ、綺麗で小難しい文章とかじゃなくて。小学六年生が読んでも、頭の中にすっと入って来るような文章が求められてるんだ。見栄張っても仕方がないだろ」
「そ、そうですけれど……難しいです」
「その子に対する素直な想いと、こうなって欲しいっていう願いを書けばいい。子どもと向き合う中で感じたことを、自分の言葉で表現することも、担任の大事な仕事だ」
自分の言葉で、という甲賀先生のアドバイスは、今の私には耳の痛い話だった。
私の中では、レポートを書くときと同じような感覚で、参考文献として活用したつもりだったけれど、所見とレポートは違う。
甲賀先生は、いつもの通りの軽口で、決して厳しく私を注意している訳ではない。
でも、言葉の中身はずしんと重たくて、いつも不安で『これでいいのかな?』と思いながら仕事をしている私は、その重みに押しつぶされそうで。
自分の甘さが情けなくて、悔しくて、胸の奥がちりちりと痛んだ。
最初から自分の言葉で表現する自信がなかったから、つい安易な方法に頼った私のことを、甲賀先生はどう思って見たのだろう。
視界がぼんやりと揺れ始める。
このまま、職員室で甲賀先生の隣に座っていられないと思った私は、無理やり笑顔を作って椅子から立ち上がった。
「私、教室で子ども達の作品をもう一度見てきますね。それと、家庭学習がんばり表も。所見の参考になりそうなことをまとめてから書き始めます。甲賀先生、ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をして、後ろを振り返らずにそのまま職員室を出た。
大丈夫、涙は流れていない。
こんな事で泣くような甘えた女は、この現場にいらないから。