ウェディング・チャイム
地面に私の両足がくっつき、支えてくれていた甲賀先生の両手が、身体から離れた。
危ない、と思って、身体に力を入れて立とうとしたけれど、ぐらりとよろめく。
するとまた、逞しい両腕が私の身体を支え直してくれた。
今度は、甲賀先生と向かい合わせになるような形。
玄関ドアに背中をもたれかけるようにして立つ私を支えながら、ポケットから鍵を出そうとしているのがわかる。
「ちょっと待ってろ。鍵開けてやらないとダメだよな、その調子じゃ」
私のバッグをドアノブに引っかけて、鍵を右手に持ち直したのが見えた。
「……ホントは起きてるだろ、藤田ちゃん。薄目を開けてるのが見えてるぞ」
甲賀先生が突然、私の顔の横あたりに、左手をドンと突いた。
ぎくっとして、思わず目をぱっちり開いたら、すぐ前に甲賀先生の顔がある。
月明かりと遠くの街灯が照らすその表情はとても冷静で、いつもの気さくな笑顔とはまるで別人のように見えて、目を逸らすことができない。
「やっぱり、狸寝入りだったか。何か気まずいとか思ってるんだろ」
「……」
図星だったので、下手な言い訳もできず、そのまま固まってしまった。
「いい奴ってさ、結局はどうでもいい奴なんだよ。恋愛対象外って奴」
「え……?」
じりじりと近づく甲賀先生と私の距離。
冷たいドアと甲賀先生に挟まれて、身動きが取れない。
何か言わなくちゃ、と思った。甲賀先生は怒っている。
それはそうだ。四月からずっと私の面倒を見て、やっと終業式、美味しいお酒が飲めると思ったら、酔っぱらった私のせいで二次会へ行けなくなってしまったのだから。
それに……。
「甲賀先生は、どうでもいい奴なんかじゃありません!」
「……じゃあ、俺って、何? でもって、先生はやめろって言ったよな」
さらに距離が縮まり、甲賀先生のアイスミントの香りがふわりと漂う。
四月からずっと、不安な時はこの香りが私を癒してくれた。
この落ち着いた声が、私を励ましてくれた。
この人は……。