ウェディング・チャイム

 プールに視線を向けていたけれど、ビキニの彼女がこちらへ向かって歩いてくるのがわかり、訳もわからずドキドキする。

「すみませ~ん!」

 甲高い声が私の耳に届いた。

 そばへ来た彼女に今気づいたかのようなそぶりで、私は監視台から彼女を見下ろした。


「はい、どうかしましたか?」

「帽子を忘れて来ちゃったんです。ここで貸してもらえるって新(あらた)先生から聞きました」

「……帽子ですね、ちょっとお待ちください」


 監視台から降りて、貸出用品一式が入ったケースの中から彼女に合うサイズの帽子を探しつつ考えた。

 
 ……この人、きっと甲賀先生の教え子だ。しかも年齢的に結構前の。

『新先生』という呼び方を、うちの学校の児童が使うことはまずなかったから。

 八木先生によると、甲賀先生の振り出しは中学校なので、その頃の教え子かも知れない。

 そんな結論を頭の中ではじき出しながら、彼女の髪の毛が入る位の、やや大きめの帽子を探し当てた。


「はい、どうぞ。お帰りの際にこちらへ立ち寄って返却してくださいね」

 にっこり笑って手渡すと、彼女も艶やかな笑顔で受け取った。

「ありがとうございます。ところで、新先生ってまだ独身ですか?」

「え?」

「いえ、気になったので。私が中学生の頃、お付き合いしていた彼女と、とっくに結婚していると思っていたんですけれど……」

 やっぱり、中学校教員時代の教え子だったんだ。それなら、気になるのも無理はないかも知れない。

「甲賀先生は独身ですよ」

 教え子にもオープンにするほど真剣交際だった彼女がいたことに内心驚きつつ、笑顔で答える。

「ありがとうございます。それと、これからよろしくお願いします、藤田先生」

 これからよろしく、という言葉と、私の名前を知っていることにまた驚いていたら、彼女が少し含みのある笑みを浮かべて言った。

「新学期から六年一組で教育実習生としてお世話になる、大崎ちづるです」


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