ウェディング・チャイム
 
 甲賀先生のクラスに教育実習生が入るのは知っていた。けれど、それが彼女だったとは。

 気が付くとつい、彼女の様子を目で追ってしまう。

 綺麗なフォームでクロール、疲れた頃に水中ウォーキング。そんなリズムで一般開放用のコースの一番端……甲賀先生の目の前を何度も往復している。


 九時五十分、おなじみのチャイムがプールに響き渡り、拡声器を持った甲賀先生がしゃべり始めた。

「只今からチャイムが鳴るまでの十分間、休憩時間となります。全員プールから上がって体を休めてください。繰り返します……」


 学校のプールでは児童に無理をさせないために、こうして五十分ごとに休憩時間を設けている。

 その休憩時間中ずっと、大崎さんは甲賀先生から離れずに、何かを話しかけていた。

 先生と教え子だから、沢山しゃべりたいことがあって当然だし、大崎さんはこれから実習に来るのだから、色々聞きたいこともあるはず。

 ほほえましい光景だと思いたい。そう思わなくちゃダメだって解っている。

 だけど、甲賀先生が大崎さんに笑いかけるたびに、心の奥がもやもやするのも事実。

 このもやもやは、実習生に対する対抗心? だとしたら、既に現場にいる教員としての私は、あまりにも情けないのでは……。


 違う。

 認めたくないけれど、実習生に対抗しているのではなく、女性としての大崎さんに嫉妬している醜い自分に気づいて、それでもやもやしているんだ。

 大崎さんはこれから五週間、ずっと甲賀先生のクラスにいる。

 昔の甲賀先生を知っている大崎さんと、かつての彼女の存在。

 私の知らない甲賀先生の姿を、大崎さんは知っているんだよね……。

 ただでさえ、今の私は甲賀先生との距離をうまく掴めないでいるのに、何だかますます遠い人になってしまったような気がして、気持ちがどんどん沈んでいく。
 
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