ウェディング・チャイム

「……本人から何か聞いた?」

 甲賀先生もおそるおそる、といった表情で聞いてきたので、私もまた顔色をうかがいつつ答える。

「新学期から来る実習生だそうですね。よろしくお願いしますと挨拶されました」

「ふうん。それだけ?」

「……甲賀先生は結婚されていますか、と。彼女が中学生の頃にお付き合いしていた方と結婚しているだろうと思っていたみたいです」

 そう言ってから、私はマグカップを手にした。大きめのカップでコーヒーを飲めば、私の表情を半分近く隠してくれるから。

 少しだけ、間があった。

「あ~あ、俺の黒歴史、大崎にバラされちゃったよ。ちくしょー、実習に来たらうんとしごいてやる」

 口ではそう言いつつ、いつものように笑っている。話題が話題だけに、逆鱗に触れたらどうしようかと思っていたので、ちょっとほっとした。

「黒歴史、なんですか?」

「そう。あんまり思い出したくないくらい。かなり前のことだから、マジで忘れてるっていうのもあるけどさ。……お、あと十五分で午後の開館時間だ。ごちそうさん。美味かったよ」

 それだけ言うと、空になったお弁当箱を給湯室へ持って行ってしまった。

 洗って返そうとしてくれているのがわかったけれど、話を切り上げるためでもあるのだろうと感じた。

 誰にだって、話したくない過去はある。もちろん、私にだってあるじゃないの。

 そう自分に言い聞かせて、午後のプール監視当番の仕事をきっちり行った。


 午後五時半。
 プールの後片付けを全て終え、甲賀先生とふたりで職員室へ戻ってきた。

「お疲れ。……それじゃあ、弁当のお礼ってことで、飯食いに行かないか?」

 突然のお誘いに驚いた。でも。

「すみません……私、今日はジャージで出勤していて、夏休み中なのでロッカーにスーツも入れてません」

「俺もジャージだよ。だからそんな気取ったところじゃなく、美味い定食屋でどう?」

「それなら、行きます」

「じゃあ、俺の後ついてきて」


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