ウェディング・チャイム
 
 エアコンの効いた店内から一歩外へ出ると、蒸し暑い夏の空気が身体を包み込む。

 朝の雨が嘘のように、空には星が瞬いていた。


「俺は明日から夏季休暇に入るし、藤田ちゃんも来週から休み取るんだよな? じゃあ、次に会うのは新学期前になるかな」

「そうですね」

「あっさりしてるなあ。会えなくて寂しい、とか言ってくれない訳?」

 またいつもの軽口が始まった。

「甲賀先生はどうなんですか?」

「ん? 俺? もちろん、藤田ちゃんに会えなくて寂しいよ。本当は連れて帰りたいくらい」

「またまた、ご冗談を」

 あははっと笑いながら車に向かって歩いていたら、後ろから意外な言葉が返ってきた。



「……それがこの間の『続き』なのか? 冗談で済ませて、波風立てずにやり過ごそうっていうのが」

 ……え?

「違います! 急にその話をするなんて思ってもみなくて……」

 そう言って、後ろを振り返ったら、甲賀先生がすぐ後ろに立っていた。

 びっくりして見上げると、定食屋さんの看板に照らされた顔が、またいつもと違って見える。

 あの夜と同じ、男の人の顔、だった。



「やっぱり、ちゃんと覚えてたんだな。それで避けられてたのか」

「避ける? 私が、ですか?」

「そう。前みたいに、俺の目を見て話さなくなった。だから、顔を合わせたくないのかと思っていたら、今日は俺の分の弁当まで作ってくれただろ? 罪滅ぼしの気持ちでそういう顔文字のおにぎりを作ったのかと思ったら、すんなり晩飯にも付き合ってくれるし……どうなってんだ?」

 そんな顔文字、あったっけ? 

 ……そういえば、m(__)mのおにぎりを作ったけれど、別に深い意味があった訳ではなかった。

 でも、甲賀先生から見たら、そんな意味合いに思えたのかも知れない。

 目を見て話さない、じゃなくて、話せなかっただけ。

 だって、私の方こそ避けられていると思っていたから。

 どうやって話をまとめたらいいのかわからなくて、ただ、目の前の甲賀先生を見つめていたら。


「まあいい。俺、嫌われてはいないよな?」

「もちろんですっ!」


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