ウェディング・チャイム
力強く答えた私に、にやりと笑って一言。
「それならいい。これからもちゃんと目を見て話すこと。子どもにもそうやって指導してるだろ」
「……はい」
でも、今、こんなに近くで目を見て話すのは、ものすごくドキドキするのですが。
「ほら、逸らすな。そういう悪い子は……」
な、何ですか?
甲賀先生がさらに私に近づいた。
両肩を大きな手で掴まれ、逃げられなくなった。
ちょ、ちょっと待って! ここ、定食屋さんの駐車場だし。
いくら何でもここでは……!?
「……たっぷり宿題を出す! まずは修学旅行の日程表作りと、それに基づく危険個所チェック。特に旭川市内での自由行動で迷子になりそうな場所はちゃんと押さえておくように。それから、教育実習生向けに国語と音楽と図工と家庭科の指導案を始業式までに提出。以上、頑張れよ」
「は、はい……」
ちょっぴり期待……いや、やっぱりいつもの甲賀先生だったことに、ほっとした。
寂しいなんて思ってはいけない。ここは駐車場!
でもこれじゃあ、お盆休みは帰省と修学旅行の下見にしか行けないじゃないの。
へこんだ私を見て、甲賀先生はやっといつもの人当たりのいい笑顔を向けてくれた。
「やっぱり、時間をかけなきゃ育たないよな。焦って黒歴史を積み重ねるだけだと虚しいし」
「何が、ですか?」
「いや、こっちのこと。さっさと仕事終わらせて、実家で親孝行するんだぞ」
「……そう、ですね」
「仕事、多すぎたか? 帰省するくらいの時間は取れる量だと思ったけど……」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、ごちそうさまでした。今日はありがとうございました」
「ああ、お疲れ様……」
にこっと笑って、ぺこりとお辞儀。自分の車へ急いで戻った。
『続き』を保留にしたまま、焦って逃げてしまったけれど、不自然だったかも知れない。
また誤解されてしまうくらいなら、私の『黒歴史』も正直に話すべきだろうか。
いや、まだそんな間柄ではないと、心の声がブレーキをかける。
それで避けられたらどうしよう。怖い。せっかく誰も知らない土地へ来たのに。
でも、そろそろ誰かに聞いてもらいたい、そんな気持ちもあった。