ウェディング・チャイム
 
 一組前の廊下を通り過ぎ、そのまま階段へと急いだ。彼女が何を話そうと、私にはどうすることもできない。

 甲賀先生がそれにどう応えるのかも、聞きたくなかった。第一、盗み聞きなんて恥ずかしすぎる。


 職員室へ戻って、出来上がったばかりのお便りをプリントアウトし、印刷室へ持っていく。

 印刷依頼書に必要事項を書き込みながら、雑念を追い払おうとした。

 今頃、甲賀先生と大崎先生は何を話しているのだろう、なんて考えていたら、仕事にならない。

 来週分の宿題プリントも一緒に印刷依頼の棚に入れてから、コーヒーを注いだ。

 お砂糖を入れるのが面倒で、そのまま席へ持って行って飲み干した。

 退勤時間になっても、甲賀先生は職員室へ戻らなかった……。


 翌日の朝、いつもより少しだけ遅く職員室へ到着した私に、甲賀先生が声をかけてきた。

「おはよう。藤田ちゃん、頼みがあるんだけどさ。今日の三時間目、カメラマンやってくれないか?」

 ……三時間目は、大崎先生の研究授業。指導教諭の甲賀先生は、大学の先生とも話し合ったり、いざという時に補助的な役割を果たさなくてはならないので、カメラどころではない。

「いいですよ。学校のカメラ、充電しておきますね」

「ゴメン、忙しくてそっちまで気が回らなくてさ。大崎が授業公開するのはこれが最後になるかも知れないから、ちゃんと記念に残してやりたいんだ」

「え? 最後、ですか?」

「そう。多分。詳しい話はまた後でゆっくりするから」


 大崎先生は、教員を目指さない、ということだろうか。

 実習を終えた教育大生が採用試験を受けない、というのは珍しい。

 今までそんな話は出ていなかったのに、研究授業直前のこの時期に『最後の公開授業』なんていうキーワードが出てきたのは、きっと大崎先生の昨日の告白と関係があるのだろう。

 まさか、卒業したらすぐに……?

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