ウェディング・チャイム
 
 こうして迎えた三時間目。自習プリントをたっぷり用意して、子ども達には『隣で大事な授業をしているから、絶対に騒がず静かに自習ね!』と言い聞かせる。

 ビデオカメラ一式を抱えて一組へ向かい、そっと教室の後ろへ。


 スーツ姿の大崎先生をカメラで捉え、彼女の発問、板書、机間指導の様子を記録する。

 国語の『川とノリオ』という、物語教材の授業だ。

 私はもう自分のクラスでこの部分を指導し終わっているので、彼女がどういう授業展開をするのかも気になっていた。

 緊張しているらしく、やや早口になりながらも、指導案通りの板書と時間配分できっちり進めているのが大崎先生らしい。

 子ども達も、後ろにずらりと並んだ先生方の様子を見て、かなり緊張している。普段活発な子も、まるで借りてきた猫のようにおとなしい。


 先生の緊張はすぐに子ども達へ伝染する。こんな時、ちょっと失敗する位がちょうどいい。すぐに雰囲気が和むから。授業参観でチョークを落としまくった私のように。

 だけど、完璧主義者の大崎先生は、きっとそれを恥ずかしいと思ってしまうから、子ども達の前で失敗する自分を出せずにいるのかも知れない。

『先生だって失敗するんだよ、だからみんなが失敗するのも当たり前』という雰囲気を作るのだって大事だと、私は思っている。それくらいの柔軟性がないと、この仕事はやっていけないから。

 
 大崎先生の授業はどんどん進む。

「佐藤さん、ノリオのお母さんはこの時、どうなりましたか?」

「死んでしまいました」

「直接本文の中に『死んだ』と書かれてはいませんね。ではどの文章からそのことがわかりますか? ワークシートに書いてください」


 ……淡々と進む授業、という印象だった。話し合いや活発な意見、というのがなく、予定調和、とでも言うのだろうか。

 指導教諭である甲賀先生の授業は、賑やかで活発な意見が飛び交う、とても楽しい授業なのだけれど。

 同じ子ども達を相手にしているけれど普段とは違う、静かで落ち着いた授業だった。

 笑顔がどこにも見られない、ぴーんと張りつめた空気が、最後まで続いていた……。

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