ヒトノモノ
平日のクリスマスイブは誰もがそわそわしながら仕事をしていた。少なからずも私もその仲間で。
あれから蓮は忙しくて顔を合わせるのは朝と夜のみ。今日も蓮は得意先に直行直帰なため待ち合わせ場所で落ち合うことにした。
ただその場所が問題あり。かなり有名なホテルのレストランで、何ヵ月も前から予約をしていないと入れない場所なのだ。
彼女となにかあったのだろうか。いくら彼女の代わりだったとしても私がそこに行ってしまっても良いものか。考えても答えは出ない。
結局、今夜の事に気をとられほとんど仕事が進まず退社した私はその足で真っ直ぐホテルに向かった。
まだ蓮は来ておらず夜景が見える場所で1人待っているとしばらくして入口に蓮の姿が見えた。
いつもの蓮とは違い濃いブルーのスーツを着ている。その姿で営業に行ったとは思えない。着替えに帰ったのだろうか。
次の瞬間、見とれてしまっていた私に衝撃が走る。蓮の影になって分からなかったが、小柄な可愛らしい女性が一緒にこちらに向かって歩いて来る。
ドクドクと心臓が煩いほどに動き出した。なぜ彼女と一緒なの?
やだ。私ったら蓮がヒトノモノだったのをすっかり忘れていた。元はと言えば彼女がこの席に座るはずだったのに。
痛む胸に気づかぬふりをして私は急いで帰るべく荷物を持ちその場から駆け出した。
「葵っ!」
飛び出した私に気づいた蓮が追いかけてくる。非常階段に回ったがハイヒールで上手く走れず結局は蓮に捕まってしまった。