人知れず、夜泣き。


 肉が決まり、野菜コーナーに向かった時だった。

 突然木内の足がピタッと止まった。

 木内の目が、前方から来る1組のカップルを捕らえていて、そのカップルの男の方もまた、木内を見ていた。

 木内の様子ですぐ分かった。

 ・・・あれが、木内の元カレか。

 あれが、木内を捨てた男。

 カップルの女の方が、只ならぬ空気に気が付いた。

 通り過ぎてくれればいいのに、オレらの前で立ち止まる、木内の元カレとその彼女。

 「悟の知り合い??」

 女が木内の元カレの腕を揺する。

 「あ・・・ワタシ、今野くんと大学が一緒だった木内といいます。 初めまして」

 木内が慌てて笑顔を取り繕った。

 大学が一緒・・・。 多分それは事実なんだろうな。 さすがに『元カノ』とは名乗れないよな。

 「ワタシは悟と同じ職場の後輩で、佐藤といいます」

 佐藤は礼儀の正しい、カンジの良い女のコだった。

 もっと嫌なヤツだったら『あんな女に引っかかって、バカな男』など言いながら、木内がここまで落ち込む事もなかったのかもしれない。

 「お隣のイケメンさんは、木内さんの彼氏さんですか??」

 佐藤さんが微笑みながらオレに会釈をした。

 「初めまして。 木内さんと同じ職場の後輩の橘です」

 『彼氏です』と嘘を吐いてやろうと思ったが、多分木内は速攻で否定するだろうから、『違います』とも言わずに、オレもまた事実だけを伝えた。
< 80 / 161 >

この作品をシェア

pagetop