いとしいあなたに幸福を
「愛梨っ…駄目だ…!!」

両親の元へ駆け寄ろうとする妹を、兄は必死で抱き竦める。

「お父さん、お母さんっ!!」

泣き叫ぶ少女の声は、風に掻き消されて両親へは届かなかった。

だが兄妹は、風に巻き上げられて消えて行く景色の中で両親が優しく微笑むのを見た。



――二人の身は今まで暮らしていた集落から少し離れた、都市部へと続く街道沿いに投げ出された。

人攫いたちは、夜の闇に紛れて集落を襲ってきていたが、東の空は既に白み始めていた。

「行かなきゃ…明るくなったら奴らにすぐ見付かる」

少年は決して妹に涙を見せないよう、歯を食い縛って堪えた。

父が言っていたように、自分たちの集落が人攫いに襲われたことを領主へ伝えなければ。

それに、母が言っていたように自分が妹を守らなければ――

少年は意を決すると、泣きじゃくる妹の手を引いて走り出した。

そんな彼を急き立てるかのように、太陽が覗く雲間からは遠雷が響いてきた。


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