いとしいあなたに幸福を
「――都さん、順調そうだな」

「ああ…もうすぐ八ヶ月になるらしいんだ。早いもんなんだな」

悠梨の問い掛けに、周は何処か他人事のように呟いた。

しかしその感覚には何となく悠梨にも覚えがある。

「愛梨が生まれるときも、母さんのお腹が大きくなっていくのはあっという間だった気がするよ」

「お陰でまだ俺が親父になるなんて実感湧かねえや。なあ悠梨、家族が増えるのってどんな感じなんだ?」

「…俺と今のお前とじゃ、状況が全然違うだろうが」

「でもよ、こう…もうこの世に存在してる誰かと知り合うんじゃなくて。これから生まれてくる人間を待つのって、何だか変な気分じゃね?」

「まあ、確かにな」

くすぐったいというか、焦れったいというか、悠梨にとってはそんな気分だった。

「俺には親父がいないのに、ちゃんと親父になれるのかな…」

自嘲げに小さく笑う周に、悠梨は大きな溜め息をついて見せた。

「最初から完璧な父親なんている訳ないんだから、そう必要以上に気負うことないんじゃないか?」

「ん……なあ、悠梨の親父さんはどんな人だった?」

「俺の父さん?…そうだな、強くて優しい人だったよ。集落の若い衆の纏め役だったからか、沢山の人に慕われてた」

久し振りに集落での生活を思い出して、少しだけ胸が苦しくなった。

邸での暮らしよりも遥かに貧しくて不便ではあったが、家族四人が揃っていたあの頃の日常は何にも替え難いものだった。

「俺にとって父さんは凄く大きくて、何だって出来る完璧な人に見えてたけど…父さんにだって、きっと父親になる前もなった後も苦悩や迷いは沢山あったと思うんだ」
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