いとしいあなたに幸福を
――赤ん坊の泣き声がする。

お腹が減ったのか、人肌恋しいのか、なかなか泣き止む気配はない。

そろそろと声の聴こえるほうへと顔を覗かせると、火が付いたように泣き声を上げる赤子をあやすのに苦戦中の女性の姿があった。

「…あら愛ちゃん、京様に逢いに来てくれたの」

「京様、泣き止まないの…?」

周の乳母役も担当していたというこの女性――咲良(さくら)は、乳母を務める傍らで五人もの実子を産み育てたという、赤ん坊の扱いには非常に手慣れている人物なのだが。

「そうなの…京様は一度泣き出されてしまうとなかなか治まらなくて。結局いつも泣き疲れてしまわれるまでこの調子なのよ」

百戦錬磨の咲良ですら、彼を穏やかに寝かし付ける解決案は見付かっていないらしい。

疲れて眠ってしまうまで、繰り返し泣き声を上げ続けさせるしかないのか。

何だか可哀想だ。

「寂しい、のかな…」

一番抱き上げて欲しい人が傍にいないから。

だからいつも、泣いているのかな。

本来なら、あの優しい両親からの愛情を一身に受けて育つ筈だったのに――

周は京の身が病院から邸に移されてからも、息子の顔を一度も見に来ていない。

「お父さんが、恋しいの…?」

愛梨はふと何気なく、両親譲りの京の金髪をふわりと撫でてやった。

赤ん坊の柔らかい髪質は、愛梨の想像以上に触れた手に心地好い。

「あら…?」
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