いとしいあなたに幸福を
「いえ…ですが恐らく、例の縁談の件かと」

その言葉に周は少し眉を顰めたが、すぐにその表情を緩めた。

「ん。ありがとな、美月」

美月は、陽司と同じ養護施設から引き取られた子供の一人だ。

幼いながら聡明で利発だという評判を受け、周が領主を継いだ際の秘書官にと厘が直々に教育中である。

厘が、周の部下を施設出身の子供ばかりから選出したのは、自分の出自を踏まえてのことだと周は解っていた。

厘の部下たちの殆どは先代から引き継いだ、貴族や良家の出身者ばかりだ。

彼らの中には、やはり身分を重んじる者が多く――その思考は知ってか知らずか、周への態度に表れていることすらある。

身分格差を嫌う厘は、せめて周には身分に拘りを持たない者を部下に付けたいと考えたのだろう。

そんな厘の親心を、解ってはいるがあまり素直に受け入れられない。

元々跡目を継ぐことに消極的なせいもあるが、領主である母をいつも遠くに感じているせいだろう。

小さな頃から、多忙な厘が周のために時間を割くことは殆どなかった。

周がどんなに母を恋しがっても、厘が母親として接してくれたことなど全くと言っていい程ない。

厘は、周に領主を継がせることばかりに尽力しているようだ。

厘にとって自分は領主の後任者でしかなく、愛しい息子としては見てくれていないのかも知れない。

必要とされていることには違いないが、周はそんな母に複雑な想いを抱えていた。

ちょうど話題に出た縁談も、年老いた自分に早く孫の顔を見せて欲しいという、厘の要望があってのことだった。

それでも周は、出来る限り母の要望に応えたいと思っているのだが――
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