いとしいあなたに幸福を
「――っ」

次の瞬間、悠梨が掛かっていくよりも速く周が架々見に掴み掛かり、その横面に向かって右拳を振り抜いた。

「ぐあぁっ!!」

「かっ…架々見様!」

黒髪の男が慌てて倒れ込んだ架々見に駆け寄る。

よろよろと上体を起こした架々見の右眼が、鋭く周を睨み付けた。

「う、ぐ…っ霊奈……貴、様ぁあ…っ!!」

殴られた拍子に何処か切れたらしく、顔面の左半分を覆った掌の隙間から血がどろりと溢れる。

「周…?!」

呆然と目を瞬く悠梨には構わず、周は荒々しい呼吸を整える間もなく大きく息を吸った。

「っ二度と俺の国に近づくな!!これ以上この春雷の住民に何かしようものなら、俺がお前を殺してやるっ!!」

「っは……」

すると、苦痛に歪んだ架々見の表情が徐々に不気味な笑みへと変化してゆく。

「くっく…はははっ…!大層ご立派なことだな、世間知らずの若造風情が!ならばその大事な大事な国や住民たちのために、さっさと領主の任に復帰したらどうだ?」

「…っ!」

架々見の嘲笑に周はびくりと静止すると、悔しげに拳を握り締めながらも押し黙ってしまった。

そんな周の姿を、架々見はゆっくりと立ち上がりながら憐憫と憎悪とが入り交じった形相でねめつける。

「出来ないのか?口先だけなら何とでも理想を語れる。出来もしない絵空事ばかりを並べ立てて、実際には身動きすら取れない腑抜けの餓鬼が…っ生意気な口を叩くな!!」
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