いとしいあなたに幸福を
あのとき架々見を逃がしてしまったため、彼の罪を追及する証拠は殆ど揃えられなかった。

共に逃亡した中年の男は、以前と同様口封じを受けた姿で見付かった。

周の部下たちが捕らえた他の共謀者も、元から口裏を合わせていたのか報復を恐れてか、架々見の関与を否定している。

「…ご子息の様子は?」

「負傷した左眼が痛む、と散々喚いているものの、傷自体はもう治癒魔法で塞がっております。但し、失明は免れないようですが…」

失明――

悠梨と愛梨が抱いている怨嗟(えんさ)や、二人の両親の無念さを思えば、片眼の光を奪っただけでは足りぬ程だろうが。

「……、………」

それでも悠梨はあのとき、踏み留まってくれた。

架々見を追うなと、引き留めてくれた。

「周殿?」

「…なら、俺からはこれ以上追及する必要ないでしょう。こちら側の証言以外、証拠もないのですから」

「!しかし周殿…」

「その代わり…必ず彼の動向には監視を怠らないでください。それから、決して領主の座を明け渡さないでください。彼が領主になれば、今回以上の酷いことが起こりかねない」

本来ならば、自身の息子よりも遥かに年若い若造に、こんなことを言われるのは屈辱以外の何物でもないだろう。

だが柔和な薄暮の領主は、これを受け沈痛な面持ちで深く頷いた。

「ええ…承知致しました。元より倅は人の上に立てる器の持ち主ではないのです。片親だからと不憫がって甘やかしたのが悪かったのでしょう…」

「片親…」
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