いとしいあなたに幸福を
「あれの母親は奔放な性格でしてな…倅が物心つく前に男を作って出ていってしまった。それ故、倅は母親の顔を知りません」

「……俺と同じ、ですね」

自分には父が生きているのか、どんな人間なのかすら分からないが。

「いや、厘殿はそなたを立派な後継ぎとして育てられた。厘殿とはよく片親同士、相談し合うことが多かったが…厘殿に比べ私は至らない父だ」

「いいえ…!俺は寧ろ、架々見様のような優しい父親が欲しかった…っ母はいつも厳しくて、愛情を感じたことなんて殆どなかったものですから…」

父親がおらず、厳格な母に育てられた自分。

母親がおらず、温和な父に育てられた架々見。

自分たちはまるで違うようで、何処か似ている――どちらが正しくて幸せかなんて、判らない。

だが少なくとも今の自分は、自身が周囲から愛されて、必要とされていることを自覚出来るようになった。

だからその人たちを悲しませるようなことは、もう、したくないんだ。

「厘殿は、周殿を…とても深く愛しておられましたよ。ただ、母としてどう接したら良いのかが解らないと、良く悩んでいたようです」

「…母、として」

それでも母のことに触れられると、未だにどきりと胸がざわつく。

「周殿を身籠ったときも、既に四十を越えていたために周囲から相当反対を受けたが、厘殿は出産を決断された」

「それは…春雷の領主制が世襲だから、どうしても霊奈の血筋の後継ぎが欲しかっただけじゃあ…」

「領主の選定制度など、変えようと思えばそう難しいことはない。それでも彼女が出産を決めたのは…ただ周殿に逢いたかったのではないでしょうか」

「俺、に…?」

都が京を産んでくれたように――母は父との子である自分を産みたかったのだろうか。
< 183 / 245 >

この作品をシェア

pagetop