いとしいあなたに幸福を
「………へ?」

視界の端で、咲良が頭を押さえて首を振るのが見えた。

「あの、…本日京様が読まれた絵本の中に、動物の親子が出てくるお話があって…それで」

「それがどうして、愛ちゃんが母親って話に飛躍するんだ?」

「…愛ちゃんは、京様が赤ちゃんの頃からずっとお傍におりますからね。普通に考えれば随分若いお母様ですけど、私じゃもうお婆ちゃんですし。だから愛ちゃんのことを母親だと思われてるのかと」

「ああ…何か、俺にも覚えがあるかも…」

「でしょう?周様も、暫く私のことを母親だと思われていましたものね」

確かそのときは、仕事中の厘の姿を遠巻きに眺めながら「あの方が貴方様のお母様ですよ」と言い聞かせられた記憶がある。

だが、京の場合は――都の姿は写真や絵など、肖像の中にしか存在しない。

それを見せて、果たして幼い京が都を母親と認識できるだろうか。

「それから、午後に京様と愛ちゃんと三人で街に散歩に出掛けたのですけど…五つくらいの男の子に、京様があの…からかわれて」

直接的な言い方は避けたが、この流れからすれば、母親がいないことを揶揄されたのだろう。

「京様のお母様は…」

「ぼくのかあしゃま、あいちゃんだもん!しんでないもん!」

京は力一杯首を横に振ると、俄に泣き出しそうにぐずり始めた。

「…京」

何とか泣き止むようあやしてやりながら、周は優しく言い聞かせてやった。

「いいか京、愛ちゃんはお前の本当の母様じゃないんだ。けど本当の母様の代わりにお前の母様役になってくれてるんだよ。でも愛ちゃんを、母様って呼んだら駄目だ」
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