いとしいあなたに幸福を
悠梨は妹の掌をきつく握り締めてやると、目を伏せて強く強く念じた。

此処から遠く離れた場所へ、逃げたい――と。

悠梨にはまだ、父のように上手く風を扱うことが出来ない。

父が集落から逃がしてくれたときのような転移魔法を、悠梨は今まで一度も成功させた試しがない。

ましてや、ずっと走り詰めで悠梨は体力も気力も限界だった。

それでも今、助かるにはこの方法しか残っていない。

(愛梨……父さん、母さん…!俺に力を、貸してくれっ…!!)

哀願するように胸中でそう念じた瞬間、悠梨と愛梨の周囲に突風が巻き上がった。

「っ!!まさか、まだ力が残ってやがったのか!?」

焦った男がこちらに手を伸ばしたが、二人を包む風が男を弾き飛ばした。

「ぐわっ!!」

「く…うぅ…っ!」

悠梨は懸命に街への方角を思い浮かべながら、妹の身体を掻き抱(いだ)いた。

すると、やがて追手の男の姿や周りの景色が風に巻き取られて消えていく。

そうして風は、悠梨と愛梨を森の外へと運び出してくれた。

だが追手たちと余り離れられた訳ではいないらしい。

男たちが慌てふためく怒声や足音が、すぐ近くで聞こえる。

「愛梨、ごめんな…もう少しだけ我慢してくれ…!」
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