いとしいあなたに幸福を
だが、違う。

病院に運び込んだ二人が目覚めるのを待っているときから、彼女はどんな名前なのか、どんな声で話すのか、気になって仕方がなかった。

目覚めた愛梨の、桜色の眼差しに見据えられた瞬間に、息が詰まるかと思った。

あの鈴が鳴るような声に名を呼ばれるだけで、胸が喧(やかま)しいくらい高鳴った。

それ以来、前にも増して縁談の話が進んでゆくのが苦痛になったのは逃れようのない事実だ。

「大丈夫。誰にも言いませんよ、貴方様の本当のお気持ちは」

「…陽司」

「悠梨くんが怖いですしね」

そう――あの子は悠梨の大切な妹だ。

折角出来た、同い年の友人。

もし彼にこの気持ちを知られたら、きっと信頼して貰えなくなるかも知れない。

「ああ…悠梨の場合は、本気なのか冗談なのか判らないしな」

多分、本気だろうけど。

二人はそう言って顔を見合わせた。

「――周様、もうじき秋雨の占部様方が邸に到着されますわ」

扉の向こうから、戸を叩く音と美月の声が聞こえてきた。

「そうか。今行く」

周は陽司に小さく「行ってくる」と告げると自室を後にした。
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