いとしいあなたに幸福を
――自分でも馬鹿なことをしたと、最初から解っていた。

悪いのは周ではない。

周を好きになった愛梨でも、周の子供を授かった都でもない。

なのに愛梨の涙を目にした瞬間、衝動的になってしまって、二人を同時に傷付けてしまった。

だが周は、今までと殆ど変わらなかった。

突然あんな無礼を働いたのだ、最悪、邸を追い出されるかも知れないとまで覚悟していたのに。

周が殴られたことに対して何も言わないのが、悠梨には一番堪(こた)えた。

一度廊下で鉢合わせたときに改めて謝罪をしたところ、周は「気にすんな」と笑ってくれたのだが。

罪悪感はどうしても拭えなかった。

一方愛梨は、あの日以来悠梨とは碌に口を聞いてくれなくなってしまった。

「――悠梨くん、愛ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「えっ…」

先輩の使用人からそう訊ねられ、悠梨は珍しく慌てた様子で相手を振り向いた。

「この前、愛ちゃんに悠梨くんのこと訊いたらね?お兄ちゃんなんて知りませんってそっぽ向かれちゃったの。愛ちゃんがそんな態度取るなんて珍しいから、貴方と喧嘩したのかと思って」

喧嘩、か。

それならばまだ気が楽だった。

「いや…喧嘩って言うより、俺が愛梨を怒らせちまったんです。それで…どうしたら機嫌を直してくれるか全然解らなくて」

「愛ちゃんもお年頃だものね~?そろそろお兄ちゃんには解らないことも色々と出てくるものなのよ」
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