【短編集】あいとしあわせを祈るうた
「うちに帰ってこなくなったのは、仕事ではなかったんですね。どこにいるのか知りませんが、あなたが逢っているのは、山咲沙織ですね。
昨夜、平野君から聞き出しました。
あの女、昔、私からあなたを奪って、また今も…
婚約中だというのに、あんまりです。
何があろうと私はあなたと別れる気はありません。
別れるなら死にます」
シニマス、と言った由紀子の目は赤く血走っていた。それはメスで切り開いた患者の心臓のように見えた。
チッ…、
俺は、手の施しようのない病変を見つけた時のように軽く舌打ちした。
今の俺に必要なのは病巣となった心臓ではない。真紅の大輪の薔薇だ。
例え、いっときの夢でもいい。それがなくては俺の十指は力を失っていくのだ。
耳元でシドビシャスがマイウェイを歌い出す。
俺の視線はスカルペルNo.11となる。
それは、どんな皮膚も絹のように切り裂く冷酷なレザー。
無言のままダーツの矢のように彼女の心臓部めがけ、狙い放つ。
「私、……から!」
由紀子が何か叫んでいたが、俺は構わず走り出した。
【END】