キャンディー
カリン味
なんだか最近、どうもおかしい。
視線を感じると言うか……、監視されてる気がする。
「透真?どうした?」
しきりに振り返っている俺に、雅人が不思議そうに聞く。
「なんか……監視されてる感じ、しねえ?」
「監視?おい透真、お前勉強し過ぎておかしくなっちまったんじゃねーの」
「いや、笑い事じゃないんだって、本当に」
もう一度振り返ってみるけど、誰もいなくて。
なんで男の俺に、ストーカーみたいなのがつくんだよ……。
「透真くん、雅人くんから聞いたよー。ストーカーがいるんだって?」
俺に話しかけてきたのは、和花。
クラスメイトの女子である。
「……あー、俺の気のせいかもしれねぇけど。なんか気味悪いんだよね」
「へぇ、大変だね。あたしがいっしょに帰ってあげようか?あたしの空手の腕はすごいよー」
笑いながらシュッシュとパンチをする和花。
「確かに強そうだけど、お前に守ってもらはなくても大丈夫だっつーの」
「そう?あら残念」
和花はそう言って友達の方へ戻って行った。
そこで、ふと視線を感じると、隣の席の山田と目が合った。
山田は慌てて前を向く。
……………まさか………なあ?
「あー、透真はいいよなあ」
「はあ?何が?」
「あの、あの竹内としゃべれてさー、うらやましいっての」
竹内とは和花の名字である。
和花は男子に人気があるらしい。
ちなみに、俺も最初は名字で呼んでいたが、和花に言われて名前で呼ぶようになった。
「本当竹内かわいいよなあ~。てか、竹内絶対お前のこと好きだぞ?」
「はあ?ないない」
「もう付き合っちゃえよー、付き合えばストーカーもいなくなるかもしれないじゃん」
それはそうかもしれないが、和花はどうも駄目だ。
なんでかわからないが、好きになれない。
もちろん、嫌いって訳でもないんだけど…。
「ゴホッゴホッ」
どうやら風邪をひいてしまったらしい。
あー、喉がイガイガする。最悪。
「あの、もしよかったら、これ」
差し出されたのは、飴だった。
差し出したのは山田で、山田とほとんどしゃべったことがない俺は少し驚いた。
「…あ、ありがと」
お礼を言って飴を受け取ると、山田はすぐに英語の予習を初めてしまった。
飴はカリン味ののど飴だった。
なめるとすぐ、喉の痛みは和らいだ。
山田って、優しいんだな…。
「お前山田に何もらったん?」
「………え?のど飴」
そう言うと雅人は意外そうな顔をした。
「山田ってそんなことするんだな。なんか暗い感じするじゃん」
「…………………そうか?」
「そうだよーっ」
そこで話に入ってきたのは和花。
おい雅人、あからさまに嬉しそうな顔をするんじゃない。
「友達以外と全然しゃべんないしー、暗いし、ブスだしー。あたしあんま好きじゃなーい」
……………ブス?
確かに眼鏡をかけてはいるが、そんなブスではないと思うんだけど。
むしろ、俺好みのかわいい感じ。
って、俺好み?
俺は何を考えてるんだ、全く。
「優しい子だと思うよ、俺は」
「………………ふぅん」
和花はそう言って去って行った。
なんなんだ、あいつ…?
今日は寝坊をしたせいか、視線を感じない。
俺は少しウキウキしながら学校へと走っていた。
視線を感じないだけで、こんなに楽しいなんて…♪
近道をして学校へ向かう坂を下る。
………と、そこには女子が座り込んでいた。
「おい、どうしたん!?立てないんか?」
女子は目を丸くしながらもすぐに俺から顔をそらして、小さく頷いた。
「……こけて、足くじいちゃって。どうしようかな、って、考えてた所です」
「考えてたって……。普通に親とか呼んで迎えにきてもらえばよくね?」
「あ……そっか。頭が動揺してました」
てか、この女の子どっかで見たような…。
でも……んー………?
と、そこで視界に入ったのは道に落ちている眼鏡。
「……………お前、山田?」
「え、ああ、そうですけど。気づいてなかったんですか?」
嘘だろー!?
なんだこの美少女は!!
これが山田?ありえねえ……。
「あ、すみません、そこに落ちてる眼鏡だけ取ってください。親呼びましたし、後はお構いなく」
俺は呆然としながら山田に眼鏡を手渡した。
眼鏡をかけると、いつもの山田だ。
「…………どうしたんですか?はやく行ってください」
「いや…、なんか、ほっとけないじゃん」
「いえ、私は大丈夫ですから。私のせいで学校遅れたら困ります」
「そう言われても……」
~♪~♪
着信音に、慌ててスマホを出す。
…………和花だ。
「…………もしもし?」
「あ、透真くん!どうしたのー?無断欠席?」
「んー、ちょっと寝坊した」
「ええ~っ、大変じゃん!明日からあたしがモーニングコールしないと」
冗談っぽく笑う和花の声が聞こえる。
今は和花よりも山田の方が気になるっての。
「いやいや、いらないから。もうすぐ学校行くから、じゃあな」
そう言って俺は無理やり電話を切った。
「…………竹内さんですか」
「ああ、そうだけど?どうかした?」
「いや、別に………」
それだけ言うと、山田はまたぷいっと横を向いた。
「学校行ってください。私のせいで迷惑かけられない」
「ほら、車が来たら心配じゃん?だから、山田の親が来るまでいっしょにいるって」
「この坂の狭さを見てください。車が通れると思ってるんですか?人2人がやっとですよ」
「そーだけど……」
「てか、私のためを思うならはやく学校行ってください。また竹内さんに何かされたら冗談じゃない」
「……………和花?和花がどうかしたのか?」
山田はしまった、という顔をして慌てて手を振った。
「違います、違います、あの、ほら、竹内さんかわいいから、ほら、えっと、ぽろっと口から出ちゃっただけです」
「…………和花に、なんかされた?」
「まさか。竹内さんはいつも優しいですもん」
嘘だって、すぐわかった。
山田の顔は今にも泣き出しそうで、手は細かく震えていた。
「和花に、なんかされたんだろ?」
「されてません!!」
山田は大きな声を出して、そして立ち上がろうとして、よろけた。
よろけたから、よろけたから支えるつもりで抱きしめたんだ。
好きだから、好きになってしまったから、抱きついたわけじゃ、全然ない。
「……………っ、離して!離して!」
「和花に何されたか話すまで離さない」
山田はしばらく黙っていたけど、大きく息を吸い込んでからぽつりと話し出した。
「………別に、別に尾行してる竹内さんを偶然見てしまって、調子にのるなって言われながら突き落とされただけです」
「……………それ、マジで?」
「信じないなら、信じなくていいです」
平気な顔しながら涙を流している山田の言葉は、十分すぎるくらい信憑性があった。
「尾行って、まさか俺の?」
「…………たぶん……てか、いい加減離してください。わかったでしょ、私があなたと仲良くしてると竹内さんが怒るんです」
そう言われて俺は慌てて手を離した。
山田は足をかばいながらゆっくり座り込む。
「あの…、なんか、ごめん」
「あなたは悪いことしてないでしょ?なんで謝るんですか」
「いや、俺のせいで…」
「別にいいです、大丈夫です。はやく学校に行かないと怪しまれますよ?」
そう言われて、俺は何回も謝りながらも学校へと向かった。
まさか、ストーカーは和花だったなんて。
しかも、山田にこんなことするなんて…。
俺の中には和花への怒りしかなかった。
《次の授業サボって裏庭に来て》
それだけ和花に送ると、学校へと急いだ。
裏庭にいる俺を見つけて、和花はにこっとほほえんだ。
「透真くん、どうしたのー?」
あー、いらつく。
「お前、俺のこと好きなの?」
「………………え?いきなりどうしたの透真くん」
「だから、好きかどうか聞いてんの」
「えっと……、す、好きだ…よっ」
恥ずかしがってんじゃねえよこの性悪女。
「好きならストーカーしていいわけ?好きなら他の女子のこと突き落としていいんだ?」
和花の顔からさぁっと血の気がひいていった。
「………そ、そんなこと…、あたししてないよぉ…!山田さんから何聞いたか知らないけど…、あたしのこと信じてよ…!」
「俺、山田から聞いたとか何も言ってないけど」
「………!!だって、だって、透真くんが好きなんだもん!!山田さんが透真くんに庇われてて、嫌だったの!!ずっと私のことだけ見ててほしかった!!透真くんが何してるか、何しゃべってるのか全部知りたかったの!!」
そう一気に言うと、和花は泣き崩れた。
その姿を見て、俺も少し落ち着きを取り戻した。
「…俺、お前のこと好きじゃないんだ。だから、和花の気持ちには答えられない。ごめん」
和花は相変わらず泣き続けている。
「…俺、卑怯な手を使う奴が一番嫌いなんだよね」
「………うるさいっ!!」
泣いていたと思った和花が、いきなり顔をあげた。
「こんなにかわいいあたしがあんたなんかのこと好きになってあげたのに!もうあんたなんか知らない!嫌い!だいっきらい!!ストーカーした時間返せ!」
…………キャラ、キャラ変わりすぎだろ(笑)
「もうあんたなんかにつきまとわないから安心しなよ顔だけ男!じゃあね!」
そう言い捨てて和花はどこかへ行ってしまった。
女ってこえー………。
「……………おはよう、足大丈夫?」
翌日、あれから和花は俺とは全くしゃべらなくなった。
まあストーカーはやめたみたいだし、とりあえずは安心だ。
「………大丈夫です。湿布貼ってますから」
「そっか。良かった。…………あ、もう和花は山田には何もしないと思う。俺、顔だけ男って言われちゃった」
「…………的確ですね」
山田がボソッと呟く。
マジかよ……。
「まあでも、あの時素通りしないで声をかけてくれて嬉しかったです。…………あと、私のこと庇ってくれて嬉しかった」
山田の顔はほんの少し赤いように見える。
やべえ、かわいい………。
「あのさ今日いっしょにか」
「これ、お礼です」
俺を遮るように山田が何かを差し出す。
「俺、もう風邪治ったけど…」
「いいからあげます!」
俺はカリン味ののど飴を受け取った。
ああ、山田が俺に振り向いてくれる日は来るんだろうか…。
「な、何見てるんですか?」
まあ、来なくてもいいや。
「いや、かわいいなって思って」
「…………ばかじゃないんですかっ!!」
山田の顔を見ているだけで、俺は幸せらしいから。
《カリン味♡終わり》