キャンディー

ミルク味




あなたのことが好きなのに。


あなたはいつもあたしを子供扱いする。


あなたはいつになったらあたしの気持ちに気づいてくれるのだろう。




………………………お兄ちゃん。







「お兄ちゃん起きてー!学校遅刻するよっ」



朝、5歳年上のお兄ちゃんを起こすのはあたしの仕事。


無防備なお兄ちゃんの顔を見れるのも、あたしだけ!


「お兄ちゃーん!起きないとキスしちゃうぞっ」


「……………またおかしなこと言って」


こう言うと、お兄ちゃんは必ず起きる。


へへへ、今日もお兄ちゃんはかっこいい♪


寝癖も、かっこいいんだよなあ~♡


「……いつまでそこにいるつもり?」


「あっ、ごめんごめんっ」


最近お兄ちゃんが冷たいような気もするけど……。


気になんかしないんだから!





「……なぜ抱きつく」


「風邪ひいたから!人肌が恋しくて!」


今日は大学が休みだというお兄ちゃんは、10時ごろに起きてきた。


パジャマ姿のお兄ちゃんがかっこよくてかっこよくて、気づいたら抱きついていた。


「熱で頭でも沸いてんの?」


お兄ちゃんはそう言ってあたしを引き剥がすと、インスタントコーヒーを作り始めた。


「……あたしもコーヒー飲む!」


「お前飲めないだろ。これで十分」


お兄ちゃんが作ってくれたのはホットミルクだった。


うー、コーヒー飲んで大人っぽいとこ見せたかったのに……。


「それ飲んだら寝てろよ。うろちょろして俺に風邪うつすな」


「……はーい」


くそー、ママもパパもいないから、お兄ちゃんとラブラブするチャンスだと思ったのにー……。


「……お兄ちゃん大学楽しい?」


「楽しいよ」


「大学ってどんなところ?」


「勉強するとこ」


「お兄ちゃん彼女はいるの?」


「いるよ」


お兄ちゃんは新聞をめくりながら、事も無げに言った。


そっか、いるんだ……。


「……どんな人?かわいい?」


「かわいくて気の利く彼女。俺にはもったいないぐらい」


「…………ふぅん、ごちそうさま」


あたしは一気にホットミルクを飲み干して、なるべくお兄ちゃんの顔を見ないようにしながら階段を駆け上がった。


こんなに辛いなら聞かなきゃよかった。


やっぱり、熱で頭が沸いてるのかもしれない。





お兄ちゃんはパパの連れ子で、あたしはママの連れ子。


お兄ちゃんがあたしのお兄ちゃんになったのは、あたしが幼稚園児のときだった気がする。


今日からこの人がパパで、この人がお兄ちゃんだよ、なーんてありきたりな言葉を言われても全然抵抗はなかった。


本当のパパはあたしが生まれる前に亡くなっていたから、パパが欲しくて仕方がなかったんだ。


当時小学生だったお兄ちゃんはあたしにとってはすごく大人に見えて、それでも遊んでくれてとても嬉しかった。


幸せだった、とても。




でも気づいちゃったんだ。


お兄ちゃんへの恋心に。


お兄ちゃんに恋なんて、報われないってわかってるのに。


でも、心の中の悪魔が血はつながってないんだから問題ない、なんて囁いて。


あたしは悪魔の囁きを支えにしてしまった。






「ママ、あたしとお兄ちゃんって似てる?」


皿洗いをしていたママは少しびっくりしたように手を止めて、また洗い出しながらふふふと笑った。


「大翔と美月?そっくりよ」


「えっ、なんで?どこが?」


お兄ちゃんは頭も顔もスタイルもいい。
それに引き替え、あたしは馬鹿だし顔は小学生に間違われるくらい童顔だし短足。


全然似てない兄弟だ、って思ってたんだけど……。


「そうねぇ、嘘をついたら小指を触る癖も、髪の毛の質も、喋り方も同じ。似てるところなんて数え切れないわよ」


「血はつながってないのに?」


「そうよ。ママとパパ、どことなく似てるでしょ?パパと美月も、ママと大翔も。お互いを大切に思っていると、血のつながりなんて関係なく似てくるものなのよ」


ふうん、と納得してしまった。


確かにあたしはよくお父さん似ね、と言われる。


そんなものなのかあ、なんて思っているとママがスポンジに洗剤を付け足しながら言った。


「だからね、美月。私達は家族なんだよ。血のつながりがなくても、ちゃんとした家族なんだからね」


…………もしかしたら、ママはあたしの気持ちに気づいているのかもしれなかった。






「お兄ちゃん、ちょっといい?」


お兄ちゃんの部屋のドアを開けると、お兄ちゃんは勉強していた。


「どうした?」


くるっと椅子を回転させて、お兄ちゃんがこちらを向く。


なんとなく立っていたくなくて、床に体育座りで座り込んだ。


「………お兄ちゃんはあたしのこと好き?」


「どうしたんだ、いきなり」


「別に、なんとなくだけど」


「好きに決まってんじゃん。どこに妹を好きじゃない兄がいんの?」


そう言ってくれたお兄ちゃんはキラキラしてて、かっこよくて、泣くつもりなんてなかったのに泣いてしまって、ああ駄目だ、お兄ちゃんのこと困らせてる、なんて思って泣き止もうとするのに全然止まらなくて、いつの間にかお兄ちゃんはあたしの目の前に来ていた。


「何か悩みでもあるのか?」


お兄ちゃんの目は‘お兄ちゃん’の目だった。


「……お兄ちゃん、あたしね、お兄ちゃんのことが好きなの」


後悔するってわかっていたのに、ポロッと口から出てしまった。


驚くだろうなって思っていたのに、お兄ちゃんは微笑むだけだった。


「うん、なんとなく気づいてた」


「………………そっ、か…」


「……美月は、勘違いしちゃったんだよ。家族への愛情と、異性への愛情を」


「そんなことない!あたしは本気で…!!」


「美月」


優しくて、諭すような声だった。


「美月は、これからもっと綺麗になって、もっと広い社会に出て行くことになる。今は狭い社会しか見ていないんだよ」



そして、すうっと息を吐き出した。



「だから、美月は俺なんかを好きになってしまったんだ」


お兄ちゃんはあたしの涙を拭くと、ほっぺをぎゅっと掴んだ。


「い、いたい…」


「子供ははやく寝なさい」


そう言って、お兄ちゃんは机へと戻っていって。


あたしはお兄ちゃんへの気持ちを振り切るように部屋を飛び出した。






あたしは、25歳になった。


あれからしばらくお兄ちゃんのことを引きずっていたけれど、もう平気。


だって、運命の人に巡り会えたんだもん。


「美月、好きだよ」


「あたしもだよ、悠翔くん」


悠翔くんは、お兄ちゃんにそっくりで、でも少し違う、お兄ちゃんの弟。


「世界で一番好きだ」


「…………あたしもだよ」


悠翔くんは、あたしの癖を知らない。




時々小指を掴むのは、昔小指を骨折したときの名残だと思ってるんだから。





《ミルク味♡終わり》









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