キャンディー

ノンシュガー




どうしてこうなった。


つい、つい半年までは誰もが振り返るような美少女で、スタイルもよくて、自慢の彼女だったはず。


な、なんでだ。


「蓮、今日のおやつはクレープにしよっ」


「お、おう……」


にこっと微笑む彼女はかわいらしい。


かわいらしいのだが……




かなり、でぶい。








有紗と出会ったのはジムだった。


汗をかきながら一生懸命ペダルをこぐ彼女は美しくて、思わず見とれてしまって。


俺に気づいて微笑みながら会釈した彼女は、女神かと思ったものだ。


なぜ有紗がこんな顔平凡、体系平凡、頭も平凡な俺に惚れたのかはわからない。


有紗が顔を真っ赤にして、「好きです」なんて言ってきたときは、俺は明日死ぬのかと思ったぐらいだ。




ああ、今思えば最初のデートがまずかったのかもしれない。


最初のデートに選んだのはケーキバイキングだった。


色とりどりのケーキ、スイーツが並ぶ空間に有紗は目を輝かせていた。


「うわあ、おいしそう、おいしそう!全部食べたい!」


「全部食べれたら食べなよー」


「でもそしたらお金いっぱいかかっちゃうでしょ?」


「いくら食べても同じ料金なんだよ。……もしかしてバイキング初めて?」


「……うん」


聞くと、極めて厳格な家庭に育った有紗は、バイキングはおろか、スナック菓子すらも食べたことがないのだと言う。


「ホテルの朝食バイキングなら食べたことあるけど、デザートはフルーツやヨーグルトしかなかったし」


今時こんな女の子がいるのかと驚いたが、幸せそうにケーキを頬張る有紗を見て、うれしくなった。


「ほんと有紗はおいしそうに食べるなあ。かわいいよ」


「やだもう、照れるよー」


……のだが。


「んーっ、ほんとおいしい♪」


驚くほど、有紗はよく食べた。


その細い体のどこに入るんだ、ってくらい、パクパクパクパクと。


もう20個以上は食べているだろう。


念のため言っておくが、一口ケーキではない。
ちゃんとした大きさの、いや、若干大きめのケーキである。


制限時間いっぱいまでケーキを食べると、有紗は名残惜しそうに席を立った。


「…もしかして、まだ食べれるの?」


「うん、まだまだ入るもん」


そして、天使のような笑顔を俺に向けて。


「また来ようね、連」


その《また》が二日後だなんて思わなかったんだ、このときは……。





スナック菓子のおいしさに気づいた有紗は、毎日スナック菓子を食べ、テレビのデブ企画でやっているような、ポテトチップスのマヨネーズかけ、なんてものまで好むようになった。


バイキングには一日おきに行き、毎日どっさりおやつを食べて。


最初は幸せそうに食べる有紗がかわいくてかわいくて、お菓子をたっぷり買ったり甘やかしてしまった。


しかし、一ヶ月もたつと少しずつ有紗の体型に変化が生じ始めた。


まず足が太くなり、顔を丸くなった。


今までのズボンが入らなくなり、スカートをはくのをためらうようになった。


「えへへー、私すこしぽちゃぽちゃしてきちゃった☆」


いや、すこし、ではないはずだ。


もう、ジムで出会った時の輝きは、有紗にはなかった。





「…………なあ有紗、少し食べる量減らさないか?それか、またジムに通おうよ。やめちゃったけどさ」


俺がそう言うと、有紗はポテトチップの袋に手をつっこんだまま固まった。


「この半年で、25キロだろ?有紗の体に、たくさん負担かけすぎだよ。体を楽にしてやろう?な?」


「れ、蓮は私のこと嫌いなの?」


「嫌いじゃないよ、有紗のことが好きで好きでしょうがないんだ」


「嘘!!蓮は太った私が嫌いになったんでしょ!!」


もう何日も考えた、なるべく有紗を刺激しないように食べる量を減らしてもらうための言葉。


なのに、こんなに有紗がヒステリックになるなんて……。


「蓮は私の外見にしか興味なかったんでしょ!?だから太った私は嫌いなんでしょ!!?」


有紗は泣き叫びながらポテトチップスを部屋中にばらまき、ぐしゃぐしゃと踏み始めた。


「ちょっ……有紗!?」


「蓮の馬鹿!蓮なんて嫌い!別れる!!」


有紗はそう叫んで、バックを持って俺の部屋を飛び出していった。


「………なんで、なんでこうなるんだよ……」



粉々のポテトチップスが散らばった部屋で、俺はただ立ち尽くしていた。






太った有紗が嫌いになった訳じゃないんだ。


元々痩せすぎてたし、太ったことで男からアプローチを受けなくなって、俺は密かに安心していたぐらいだった。


でも、さすがに有紗の体型がおかしくなって、やばいって思い始めた。


体重を聞けば、25キロも太ったって言うし。


半年で25キロだぞ?


止めなきゃ、って思った。


俺が彼氏なんだから、しっかりしなきゃいけないんだ、って思った。




でも。


でも、本当は俺が太った有紗を嫌いになったんじゃないか、って、自問自答してしまう。


デブになったよね、と陰口を叩かれる有紗。
見知らぬ人にまで、デブとか豚って言われる有紗。


確かに、恥ずかしかった。


でも、それと同時に怒りがふつふつと沸いてきて。


本当に、殴ってしまいたいぐらい。


でも、そんなときはいつも。


「優しい蓮が大好きだよ」


って、有紗が。
自分だって陰口が聞こえてるはずなのに、天使みたいに微笑んでいるから、俺はいつも踏みとどまっていた。


「……あ…り……さ……」


ああ、今更泣いたって遅いのに。


俺は有紗が好きで好きでしょうがないんだ。







それから、有紗とは音信不通になってしまった。


メールしても、電話しても、全く返事が来なくて。


有紗のアパートの前まで行ってみたけど、どうしてもチャイムが押せなかった。


有紗を傷つけてしまったのに、訪ねて行ってもいいんだろうか。


……………結局、俺はヘタレだったんだ。






2年が経って、俺は社会人になった。


有紗を失ったダメージは本当に大きくて、未だに有紗以外の人を好きになれない。


ほんと、ほんとヘタレ。





「経理部にものすごい美人がいるらしいぞ」


「えっ、まじかよ!見てみたいなあ~」


「じゃあ見に行くか?適当に理由つけて」


「行こうぜ!おい、蓮も行くだろ?」



「………あー、俺はいいわ。これ今日中に終わらせないとだし」


「そうかー?」



どんな美人でも、俺には有紗が一番なんだ。


未だに消せない有紗の電話帳を、そっと見てみる。


もう、メアド変えちゃったのかなー…。


…………仕事、とにかく仕事しないと。


俺は有紗の笑顔をしまい込んで、デスクに向かった。






「お疲れ様でーす」


「あ、お疲れ様です」


あー、結局終わらなかった。


残業しなきゃなー…。


一人二人と帰っていき、とうとう法務部には俺一人になってしまった。


……………よし、終わったし帰ろう。


「お疲れ様でーす」


「え?ああ、お疲れ様です……」


まだ人いたんだ。


もう全員帰ったかと思ったのに。


「まだお仕事ですか?大変ですね」


「ああ、まあ、しょうがないですよ……」


てか、この声、まさか……!



振り返ると、そこには天使が、有紗が立っていた。



「な、なんで、なんで有紗が…」


有紗は、出会ったときの有紗だった。


太っていた面影は、全然ない。



「聞いたことないの?経理部のマドンナとは私、有紗のことですよ



有紗は得意気に笑い、ノンシュガーのキャンディーを取り出した。


「これで、ダイエット頑張っちゃった」


「有紗……」


「蓮に言われてさ、ヒステリックになっちゃったけど、あれで目が覚めた。太るのは簡単だけど、痩せるのは大変だね。二年もかかっちゃったもん」


「俺」


「あのね」


有紗は俺の謝罪を遮って、俺をじっと見つめた。


「ひどいこと言ってごめんなさい。蓮は私のためを思って厳しいこと言ってくれたのに、何にもわからなくてごめんなさい。太った私の姿をこれ以上見せたくなくて、会いたくなかったの。連絡全部無視してごめんなさい」


そう言う有紗の目には、涙が浮かんでいて。


思わず、本当に思わず、抱きしめてしまった。


「俺こそごめん、でも俺本当に有紗が好きで好きでしょうがなくて、俺は今でも…」


そう言いかけた俺の口を、有紗がふさいだ。


グロスの、つるっとした感触を感じる、久しぶりの有紗の唇。


「私、蓮が好き。大好き。だから私と付き合ってください」


有紗の顔は、初めて告白してくれたときと同じくらい、真っ赤だった。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


















《ノンシュガー♡終わり》
































































































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