キャンディー

パイン味



優しいお姉ちゃんが憎たらしかった。




優しくて、かわいくて、頭のいいお姉ちゃんは、みんなのアイドルで。



かわいくもなくて、全然勉強できないあたしをお父さんとお母さんは、「どうしては葉月はできるのにさつきはできないの」と怒ったけど、庇ってくれたのはいつもお姉ちゃんだった。


「さぁちゃんにはさぁちゃんのいいところがあるんだから、お姉ちゃんのことなんか気にしなくていいんだよ」


そう言ってくれるお姉ちゃんを、何度恨んだことか。


お姉ちゃんがもっと優しくなかったら。
お姉ちゃんがもっとブサイクだったら。
お姉ちゃんがもっと頭が悪かったら。


お姉ちゃんが何も悪くないことはわかっていた。


勉強ができないのはあたしが悪いし、顔が悪いのはどうにもならない。


一番悪いのはあたしとお姉ちゃんを比べるお父さんたちだって、わかっていたのに。


お姉ちゃんを、恨まずにはいられなかった。






お姉ちゃんは、大学生になった。


もっと上のレベルでいけるのに、って先生の勧めを振り切って地元の国立大学に推薦合格して。


あたしは、お姉ちゃんが通ってた高校よりも何ランクも下の高校に入って、遊びほうけていた。




「こんにちはー!」


日曜日の午後、爽やかな声が響く。


何となく聞き覚えがある声に階段を降りていくと、リビングにいたのは幼なじみの空くんだった。


「さつき、いいところに来たわねー。ほら、覚えてるてしょ、空くん。またこっちに来たんだって」

        
「さつき!?うわー、久しぶり!大人っぽくなったなあ」


「…久しぶり~」


「空くんね、大学こっちなんだって。近くに住んでるから、挨拶に、ってわざわざ来てくれたんだよ。」


そう言うお姉ちゃんの頬は、ほんのりと赤くて。


ああ、お姉ちゃんは空くんのことが好きなんだな、ってわかってしまった。


こういうところはやっぱり姉妹で、なんとなくわかってしまう。


そういえば、小さい頃からお姉ちゃんは空くんと遊ぶときはいつもよりずっと楽しそうだったなあ……。




ぼんやりとしながら空くんと話すお姉ちゃんを見ていると、急に胸の奥からどす黒い感情が溢れ出した。


お姉ちゃんばっかり幸せそうで、ムカつく。 


お姉ちゃんばっかりちやほやされて。


お姉ちゃんなんか、死んじゃえばいい。


お姉ちゃんなんか………。




「………さぁちゃん?さぁちゃんてば」


はっとして、顔をあげた。


「空くんもう帰っちゃったよ。どうしたのぼーっとして。具合悪い?」


額に手を当てようとするお姉ちゃんの手を、思わず払ってしまった。


パチン、と響いた音に、一瞬びくっとする。


良かった、お母さんは洗い物してて気づいてないみたい。


その時、あたしの頭の中にある考えが浮かんだ。


お姉ちゃんの優しさを利用した、酷いもの。


呆然としているお姉ちゃんに、あたしは楽しそうに囁く。




「ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって。だってあたし、小さい頃からずぅーっと空くんのことが大好きだったんだもん。」


お姉ちゃんの目が、大きく見開かれる。


「また会えたなんて、すごく幸せ。お姉ちゃん、協力してくれるでしょ?」


優等生のお姉ちゃんだもん、辛さを押し殺した顔で、うん、協力するよ、って言ってくれるはず。




…………だと思ったのに。




「えっ、さぁちゃんが?空くんのこと?ええぇ、そうだったの!知らなかったよー!」


お姉ちゃんは、心の底から笑っていた。


「さぁちゃん、初めてだよね、私に恋の相談してくれたの。嬉しいなあ、がんばろうね、協力するから!!」




…………どうして。


こんな、嬉しそうなお姉ちゃんの顔が欲しかったんじゃないのに。






「いってらっしゃい♪気をつけてね」


お姉ちゃんの満面の笑みに見送られて、あたしは重い足を外へと向けた。


今日は、空くんと会う日。


お姉ちゃんが『恋は積極的に行かなきゃだめよ♪』なんて言って、勝手に空くんと会う約束を取り付けてしまった。


服だって、こんなの趣味じゃないのに、ピンク色のワンピースなんて着せられて。


『似合う似合う♪さぁちゃんかわいいのやっぱ似合うよ、今度いつでも貸してあげるからね』
なんて笑うお姉ちゃんが本当に楽しそうで、嬉しそうで、嫌とは言えなかった。


お姉ちゃんは空くんのことが好きじゃないのかな……。


あの顔、てっきり好きだと思ったんだけどなあ……。


お姉ちゃんに嘘をついている………いや、黒い感情を抱いてしまった罪悪感でどことなく落ち着かないけど、久しぶりにお姉ちゃんととやかく話すのは、やっぱり楽しかった。


お母さん達がお姉ちゃんとあたしを比べだした頃から、あたしはお姉ちゃんと距離を置くようにしていたから。




待ち合わせ場所に着いて糸くずなんてついていないワンピースをいじりまわしていると、走りながら空くんはやってきた。


「ごめん!待たせた!」


「うん、めちゃくちゃ待った」


「おい、そこは私も今来たところだよ、とか言うとこだろ」


空くんがおかしそうに笑うので、私も笑ってしまう。


「で、何?買い物って」


ああ、お姉ちゃんは買い物って空くんに言ったのか。


いや、正確には打った、かな。


だって、あたしのスマホで勝手に空くんにメールして、遊ぶ約束をしちゃったんだから。


「えっと、お姉ちゃんにプレゼントあげたくて」


とっさに出てきたのは、それだった。


お姉ちゃんにプレゼントなんて、本当はあげたくもないけど。


それが一番、自然だし。


「葉月にかー。良かった、うん、少し安心したわ」


「安心?」


「だってこの前お前らんち行ったときさ、さつきは葉月のこと全然見ないしおばさんは葉月の話しかしないしさ。ちょっと心配だったんだよね」


意外だった。


空くんがそんな事に気づいていたなんて。


でも、今はなんとなくその話はしたくなくて、無理に明るい声を出してお店へと歩き出した。






「さっきの話だけどさ」


カフェでコーヒーを飲みながら、空くんがそう切り出した。


「なんかあったろ、葉月と」


空くんが引っ越したのは、比べられる前だった。


純粋に、お姉ちゃんが大好きだった頃。


「………お姉ちゃんのがかわいいし、頭いいし、性格いいし。お姉ちゃんばっかり可愛がられるようになってさ、あたしは葉月を見習いなさいー、とかさ、言われちゃうわけ。で、あたしとしてはやっぱおもしろくないじゃん。で、疎遠?みたいな。別にそれだけだよ」


バームクーヘンをぱくっと口に入れる。


んー、甘い。甘い、甘すぎ。


「まあ、葉月は別格だよな、確かに」


「ほんと、ほーんと不公平だよね」


「でも、さつきはさつきじゃんか」


「はあ?何当たり前なこと言ってんの」


「さつきはさ、なんていうのかな、確かに葉月程は美人じゃないけどさ」


ズキッと、痛みが走る。


あー、きっとこの甘すぎるバームクーヘンのせいだ。
虫歯が、痛み出したんだ、そう、きっとそう。


「さつきはさつきなりのかわいさって
もんがあるしさ、俺はさつきの方がいい奴だと思うよ」


「いい奴?」


「そう、覚えてるか?俺が小1のときさ、仲間外れにされてたじゃん。で、たまたま葉月とさつきが来てさ、俺もうめっちゃ恥ずかしかったわけ。みんなが鬼ごっこしてんのに、俺だけぼーっと木にもたれかかってるんだぜ。で、葉月はあたふたして、先生に言わなきゃ、とか言い出して。ほんと、優等生らしいけど」


空くんはコーヒーを飲んで、バームクーヘンを食べた。


甘すぎるバームクーヘンも、コーヒーとはマッチするらしい。


ココアとバームクーヘンだから、甘く感じる


「でも、さつきは全然違った。まだ4歳なのにさ、『あなた達は小学生のお兄さんなのにみんなで遊ぶことすらできないの!?保育園に通ってるさつきでもできるのに!このくそがき!』って顔真っ赤にしてさ。優しさとはちょっと違うかもしんないけど、俺はさつきのその反応が嬉しかったよ」


「……そうなんだ」


胸にほんわかとしたものが広がってゆく。


確かにあたしはみんなに平等に優しくできるような聖人君子じゃないけど、あたしにもいいところがあるのかな。


「さつきはさつき!それでオッケーだろ!」


空くんの笑顔は、どんな問題も解決してしまいそうなほど、大きくて輝いていた。





「じゃあな、気をつけて帰れよ」


「うん、今日はありがと」


「………あっ、ちょっと待て!」


急にカバンをゴソゴソとし始めた空くんは、何か小さい物を取り出した。


「これ、やるよ」


「………パインアメだ」


パインの形をした、黄色い、パイン味のキャンディー。


他のキャンディーより安くて、たくさん入っていて、甘酸っぱくておいしくて。


あたしとお姉ちゃんと空くんと、遊ぶときはいつもなめていたキャンディーだった。


「お前、好きだろ、これ」


「好きだけどさあ、どうせなら高級なキャンディーが良かった」


「バカ、お前はこれじゃなきゃ泣き止まなかったろ、いつも」


もう泣いたりなんかしないのに。


子供扱いされているようで、悔しかったけど、なんとなく嬉しかった。


空くんは、本当に、大きい人だ。





「ただいま」


「おかえり!どうだった!?どうだった!?」


ドタバタと廊下を走る音と共に、お姉ちゃんがやってきた。


まだ靴も脱いでないのに、待ち構えてたのかな。


「別に、なんとも」


「えー、じゃあまた次の計画考えなきゃ」


「これ」


靴を脱いで、お姉ちゃんに紙袋を差し出した。


お姉ちゃんがあんまりつけない、イヤリング。


「わ、イヤリング!?私欲しかったんだ、でもなんとなく付けづらくて、ほら、イメージとか、あるじゃない?」


お姉ちゃんははにかみながら微笑んで、大事そうに紙袋を抱きしめた。


その姿がかわいくて、思わず毒づいてしまった。


「あたし、お姉ちゃんのこと大嫌いなんよ。お姉ちゃんが空くんのこと好きだと思って、空くんのこと好きなんて嘘ついた」


「あら残念。私彼氏いるもん」


お姉ちゃんは、あたしの告白も流して、本当に屈託のない笑顔で笑った。


「さぁちゃんがお姉ちゃんのこと嫌いなの知っとったよ。ごめんね、わざと空くんのこと好きっぽい態度取ったんよ。だって、そしたらさぁちゃん空くんのこと奪おうとするでしょ?」


「……………はあ?」


開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。


「空くんはさぁちゃんのことずっと好きだったからね、どうにかしてくっつけたくて、ごめんね」


お姉ちゃんは、小悪魔、という言葉がぴったり当てはまる笑顔を浮かべた。


「お姉ちゃん、実は腹黒いんよね」


ふふっと笑うお姉ちゃんには、一生勝てそうにない。









「…………って、空くんあたしのこと好きなの!?」


「あっ、口滑っちゃった☆キャハ」







パイン味♡おわり

















  

 
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