キャンディー
あと数メートル。
前は抱きしめられる場所にいたいちごなのに、今はこんなに遠くて、でも少しずつ近づいてる。
いちごに近づくにつれて、不安で押しつぶされそうだった。
俺のこと憎んでるだろうな。
嫌な記憶としてはやく忘れたいのかもしれない。
そう考えているうちに、ついに俺の番が来た。
「…………こんにちは、べりたん」
「こんにちはー!って、え…」
いちごは俺の顔を見ると口を開けたまま固まった。
そりゃあ、そうだよなあ、あんだけアイドルについて、べりたんについて嫌なことを言ったんだから。
「………俺さ、今まで、アイドルなんか興味なくて、むしろ嫌いだったんだ」
「………うん」
「でも、この前ホイップクリームのライブを初めて見たんだ。そしたら、俺、べりたんを好きになっちゃったんだよね」
なぜか泣きそうになる。
でも泣くわけにはいかない。
時間は、あと少ししかない。
「これからも、べりたんのこと応援してる。ずっと、ずっと、応援してる。」
「時間でーす!」
そう言われて、握手をやめるよう促される。
言いたいことは、言えた。
「………また、また来てね!私、ダイヤモンド大好きだよ、今でも」
手が離れる瞬間、いちごはそう言った。
驚いていちごを見ると、目が潤んでいた。
「…………馬鹿、期待しちゃうじゃん」
いちごと離れてから、思わず呟いてしまう。
ダイヤモンド、それはいちごが俺につけたあだなだった。
それから定期的に握手会に通った。
もうすっかり、べりたんの虜だった。
そして、俺達は25歳になった。
いちごは卒業を発表した。
卒業した翌日、俺の家にはいちごがいた。
「………なんで、なんでいちごがいるの」
「一回だけ、大哉のお家連れて行ってもらったことあったでしょ?頑張って思い出して、大哉のお母さんから今どこに住んでるのか聞いたの」
「…………母さん、驚いてたろ」
「そりゃもう、すごかったよ。写メいっしょに撮って~、とか、サイン頂戴~、とか。全然変わってなかった」
いちごは笑いながらそう言って、キャンディーを口にいれた。
「……あと、こんなことも言われた。いちごちゃんに大哉のお嫁さんになって欲しかったわ、って」
「………で、どう答えたの?」
「もちろん、そのつもりで来ましたって」
「なんかお前、ずうずうしくなったな」
「ずうずうしくなきゃ芸能界生き残れませーん」
「俺に彼女がいるとか考えなかったの?」
「毎週握手会に来る人に彼女なんていると思わなかったわ」
いちごがいて嬉しいやら驚いたやら、とりあえず落ち着こうとキャンディーに手をのばすと、ぱしっと手を叩かれた。
「大哉のはこっち」
柔らかい感触と共に、口の中に甘い味が広がる。
「………イチゴ味?」
「そう、共食い」
にこっといちごは笑う。
「結婚しよっか」
ポロッと、本当にポロッと口から出た言葉だった。
「元アイドルと結婚できるなんて、幸せね」
「ダイヤモンドさえあれば、私、幸せよ」
【イチゴ味♡終わり】