【完】『いつか、きっと』
本編

『いつか、きっと』

桜の季節が、やって来た。

「あと何日かで翔くん誕生日だよねー」

エマは呟いた。

平年より今年は桜の開花が早い。

が。

当の翔一郎は、撮影で京都を離れている。

というのも。

但馬の和田山にあった、竹田城という知る人ぞ知る城跡へ、写真を撮影に例の黄色のリトルカブに機材を積んで、出ていたのである。

存外、遠い。

鉄道でいうと、京都から山陰本線で福知山を過ぎ、和田山へ出、播但線で竹田という駅へ出る。

そこから。

さらに小一時間ばかり山道をよじ登ると、石垣の連なった総構(そうがまえ)が、山肌にしがみつくように積まれ聳え立つのが見えてくる。

かつて。

赤松一族と山名一族が但馬の覇権を争った要衝であるが、今はのどかな山里で、おとぎ話にでも出てきそうな穏やかな里である。

特に。

麓から円山川の川霧がかかると、冬場など天空の城のようになる。

が。

普通に撮らないのが翔一郎の翔一郎たる所以で、

「撮るなら桜とコンビやろ」

と言い、立雲峡という少し離れた高台から、さながら大砲のような望遠レンズを向け、桜の枝越しに城跡をなめる──いわゆる専門用語である──ように、何日間か待って撮った。

(やるときには、やるんだよねえ)

日頃のふわふわとした、どこか掴み所のない翔一郎とは明らかに違う。

(どこをどうやったら、あんなにスゴくなるんだろ)

どこから湧いてくるのか分からないが、翔一郎の集中力と根気には、エマも自分の夫が実は、凄味のきいたものを持っている…と感じたようであった。


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