【完】『いつか、きっと』
一ヶ月ばかり過ぎた。

愛と薫子が引っ越してきたのは、上立売浄福寺の裏通りを入った、窓を開けると船岡山が望める小さなマンションである。

エマと翔一郎が住む智恵光院笹屋町からも近い。

「やっぱり京都の方が落ち着くなぁ」

愛は荷物をほどきながら、小さな体を大きく伸ばした。

「愛って面白いね」

エマがクスクス笑い出した。

「まるで生粋の京女みたいなセリフやな」

笑いながらも、すかさず翔一郎は突っ込んでくる。

「でもこれから大変だよね…だって薫子ちゃん預けなきゃなんないんでしょ?」

「それがあるから、こないだ乾さんから保育所を紹介してもらったやないか」

乾の紹介、というのはかつて西本願寺の僧侶であった、今は和歌山の寺にいる乾賢海が紹介状を書いてくれた、釘抜地蔵のそばの小さな保育所のことである。

「でも釘抜地蔵なら上立売一本で行けるから近いし、まあまあ良かったんちゃうかな」

ベビーベッドを組み立てながら、翔一郎は言った。

「これから、大変かもしれないけど、でも京都は薫の生まれた町だから」

きっと薫が見守ってくれるはず、と愛は、キッチンを片付けはじめた。



しばらくして。

愛が写真の仕事を再開し始めて間もなく、保育所に薫子を迎えに行くと、園庭で薫子が金髪の男児と遊んでいるのが見えた。

「かおちゃん、新しいお友達?」

愛がかがんだ。

薫子がうなずくと、金髪の男児も近づいてきた。

「こんにちは」

「挨拶えらいね、名前は?」

「ジャック」

「よくできたねー」

すると。

「あ、ダディ」

ジャックが駆けて行く先に、ロイド眼鏡の似合うスーツの外国人がいた。

「薫子ちゃんのお母さんですか?」

「香月愛といいます」

愛と薫子は会釈した。

「ジョージ・ブラウンです。よろしく」

流暢な日本語である。

「ジャックくん挨拶きちんと出来てるから、えらいなって」

「薫子ちゃんもなかなかのレディですよ」

他愛のない会話で、この日は別れた。

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