甘い香りを待ち侘びて


 こじんまりとしているカントリー風のお店だけど、この辺りでは結構有名なのは知っている。

 わたしも何度か足を運んだことがあるけれど、確かにあのお店のお菓子はどれも美味しくて何度も食べたくなる味だ。

 それは他の人も同じらしく、ヒロくんが作るお菓子の虜になる人は多いんだって。そのおかげか製菓の方は、もうほとんどをお父さんから引き継いでいるらしい。

 そういうことも全部、ちゃんと分かってるよ。
 それほど人気なケーキ屋さんが、クリスマスに暇になるなんて有り得ないってことも。

 だって聖なる夜に、ヒロくんが作ったケーキを待ち侘びている人はたくさんいるんだもの。

 毎年、そうだった。
 ヒロくんと付き合い始めたのは3年前だけど、そのときからずっとクリスマスとイブは会えずに終わってきた。

 去年も一昨年もその前も、事情を知っていたからわがままなんて言えなかった。
 それにたくさんの人を幸せに出来るお菓子を作れるヒロくんのことを尊敬もしていたし、彼女ならそんな彼のことを応援するべきだと思っていたから。

 別に、クリスマスに彼氏と会えないぐらいが何だ。クリスマスに会えないなら次の日に会えばいい。ただ、それだけのことだと、自分に言い聞かせて。

 クリスマスが近付くと苦しそうにわたしに謝るヒロくんを見ていたら、暗示をかけるぐらい簡単だったの。


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