甘い香りを待ち侘びて


 きっとクリスマスカラーに染まった町に、真っ白な雪はよく映えるだろう。綺麗だろうなと思ったけれど、想像するのも虚しいので無理矢理意識を逸らす。

 だってその景色の中に混ざって、笑顔を浮かべながら歩くカップルの姿も容易くイメージがついてしまうのだから。
 わたしには叶えることが出来ない、ヒロくんとのイメージ。

 もう一度窓の外に目を向けると、雪は少しだけ勢いを増して降っていた。

 だけどどうせ積もりはしない、短い命の泡雪。すぐに消えてしまうぐらいなら、いっそ降らなければいいのにね。



 今日の仕事を終えて、保育園を出たのは午後8時過ぎのことだった。

 ヒロくんのお店は通常午後7時までの営業だけれど、今日は午後9時まで開けていると言っていた。仕事帰りの人達が買いに来るかもしれないから、ということだそうだ。

 ヒロくん、まだお仕事中なんだよね……。
 今日だけで何個のケーキを作っただろう。どれだけの人に笑顔を届けたのだろう。

 きっと一番笑顔になっているのはお菓子作りが大好きなヒロくんだろうけど、その分疲労も溜まっているよね。

 以前は仕事終わりに少しでも良いから会いたい、なんてことを言おうと思ったこともある。

 でもそんなの疲れている彼にはただの迷惑でしかないし、片付け作業のこともあるからこんな戯れみたいなセリフは口が裂けても言えなかった。

 ……明日会えたら、精一杯の笑顔で「お疲れ様」って言いたいな。

 目の前に降る泡雪のような生クリームを絞るヒロくんの姿を想像しながら、もうそれだけを思った。


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