甘い香りを待ち侘びて
一人暮らしのマンションに着いたのは、保育園を出た30分後だった。
コートもマフラーも防寒性の高いものを身に付けているけれど、これだけの時間寒空の下にいるとさすがに冷える。風が吹く度に小さく震えた。
「……さむっ」
今日は温かくして寝よう。
ごちそうもクリスマスケーキも今日は要らない。だって明日、ヒロくんと遅れたクリスマスパーティーをするのだから。
……なんて考えてる時点で、わたしはまだ未練たらたらなんだよね。
いつまでも「ヒロくんと過ごしたかった」という思いが自分の中にあって呆れる。
はぁ、と溜め息をつくと、白くなって風に飛ばされていった。
その行き先を目で追うとちょうどマンションの自分の部屋の前に向かっていて、そこに目を向けると扉の前に人影があった。
こんな時間に来訪者だとは思えなくて、一瞬不審者かと勘付いて驚く。
でも落ち着いて見ると、少し遠目だったけれどその正体が分かった。
その人物は扉に背中を預けて、しゃがみ込んだ体勢でその場にいた。
「……ヒロくん、なんで……」
数メートル離れた場所からポツリと呟く。
どうやらそれは聞こえたらしく、ヒロくんは階段の踊り場と廊下の境目に立ち尽くすわたしに気付いた。
「エリ!」
そして鼻を真っ赤にさせた顔をくしゃりと笑顔に溶かして、ブンブンと嬉しそうに手を振った。
なんだかご主人の帰りを待っていた忠犬みたい。