婚恋

ロマンチックには程遠い

複雑すぎてよくわからなくなってきた。
今、私の横には両親。
そして向かい合う様に陸と陸の両親がいて
3つの後頭部が丸見えだ。

「こんな事頼めるのは春姫ちゃんしかいないんです。私どもの
我儘を聞いてもらえませんか」
1週間だけの花嫁の依頼だ。
「椎名さん頭を上げてください。事情は娘と陸君から
聞いています。娘は承諾しています。恥ずかしながら
うちも経験があるのでお気持ちはわかります。ですが・・・
1週間という期間だけは守ってください。春姫のためにも・・・」
父は陸のお父さんに言うというよりは陸に対して言っている様に思えた。
陸と陸の両親は改めて頭を深々とと下げた。

その間、私は一言も発することなく自分の握った拳しか見ることが
出来なかった。
陸の顔を見るのが怖かったから・・・
本当に好きだった人とは結ばれず、その場しのぎの私と1週間だけの
夫婦になるのはきっと辛いだけだって思うから・・・・

そんな陸のために私は何が出来る?
今回の事は正直自分の欲のため引き受けたようなもの
こんな理由で引き受けたなんて私って・・・酷い女かも

一通りの挨拶を終えると何やらお互いの両親たちが飲み始めて
しまい、私はトイレに行くふりをして自室に戻った。

「あ~~っ。」
そのままベッドに倒れこむように寝転がると同時に派手な
溜息が出た。
こんな状態で結婚式なんか挙げられるの?

だって結婚式って誓いのキスとかするんでしょ?
ブーケトスとかしちゃうんでしょ?
本来ならば私が受け取る側で投げる側じゃないじゃん。
しかも陸の心には私じゃない別の人を引きずってる・・・はず。
それなの2人で幸せそうな顔するんだよね。
しなきゃまずいんだよね。


明日藤田さんと打ち合わせとか言ってたけど
陸は藤田さんに私の事をまだ言ってないんだよね。
明日直接言うんだよね。
どんな顔するかな。
イスから転げ落ちるかも・・・
2回も迷惑かけることになるんだよね・・・

不安は山積みだ。

その時だったドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「俺だけど・・・入っていい?」
陸だった。
私はベッドから起き上がって深呼吸をすると
平常心を装ってどうぞと返事をした。

陸がこの部屋に入ったのは何年振りだろうか。
高校生の頃・・・バンドを始めた頃は
よく4人でミーティングをしたものだった。
「あんま変わってないのな?」
ぶっきら棒な言い方はあの頃と何一つ変わっちゃいない。
変わったのは私の陸に対する気持ちだけ。
「・・・まあね。模様替えとか得意じゃないし・・・」
陸はベッドとは反対側の壁にもたれるように座った。
ここが陸の定位置だった。
「やっぱりそこに座るんだ」
当たり前の様に座る陸になんだか笑えた。
「身体が勝手に動いてさ・・・」
少し照れたように笑いながら私を見上げた。
私も陸の隣に座った。
これもずっと変わらない私の定位置だった。
「こうやって話すの久しぶりだな」
何かを懐かしむように呟く陸の声はとても穏やかだった。
「・・・そうだね」

しばらく沈黙が続く。

陸は何を考えているのだろう・・・
やっぱり私ではなく百恵さんの事なのかな・・・
「春姫」
不意に呼ばれ横を向くと陸の顔が凄く近くにあった。
「な・・何?・・・顔近くない?」
鼓動が伝わってるんじゃないかってくらいドキドキしてきた。
陸の目が本の少し細くなり口角があがる。
ただでさえかっこいいのにその顔は反則だよ!
何か言い返したいのに
好きだと自覚した途端恋する乙女になって固まってしまう。
「俺達・・・結婚するんだよね」
私は無言で頷いた。
「だったらさ・・・・このくらいの事は当たり前だよね」
そう言ったかと思うと瞬時に私の身体をぐいっと引き寄せ
唇が重ねられた。
「ん?!!」
何が起こったの?
あまりの突然のキスに私は目を開いたまま固まってしまった。

好きだと自覚しての初めてのキスは
ロマンチックとは程遠いものだった
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