面倒臭がりの異界冒険伝
「………えーと。とりあえず大丈夫、杏奈?」
悠奈が声を掛けた少女は、いつも通りに可愛らしい大きなその瞳の色が、どうにも色づいて見えた気がした。
これはそう深い森の一部を切り取ったような深緑の色彩。
あれだけ煙を吸っておいて大丈夫だとは思わないが、その外見的変化の方が重要に思えてしまった。
どうしよう。病院を探すべきか。では何科に行けばいいのかと頭の中で混乱する。
「…お姉ちゃん……うん、大丈夫だよ。」
悠奈が心配しているように見えたのか、杏奈が痩せ我慢をして見せる。
いや、実際色んな意味で心配しているのだが。
けれど顔色も困惑を浮かべてはいるが悪いというほどでもないし、多分大丈夫と言う言葉に嘘はないのだろう。
この分なら現状の把握を優先させてしまっても問題はなさそうだ。
「さっき何があったのかわかる?」
「…えっと…。あ、そうだ。家が突然火事になったの。それで逃げようとしたんだけど私、大事な物を部屋に置いてたのを思い出して…。」
「それで取りに戻ったら逃げられなくなって、煙で苦しくなって倒れた?」
「うん…。」
どうやらちゃんと覚えてはいるらしい。
例えどんなに大事な物でも、自分の命と人の心配考えろと説教してやりたいが、杏奈が手にしていたものを見て嘆息するに止めた。
色々と言いたいことは山々だが、杏奈の大切なものというのが、悠奈が以前に要らないと捨てた両親の写真だったことに気が逸れてしまったからだ。
「それ、取ってたんだ?」
その、たった一枚しか残っていない笑顔の二人が写った写真。
「うん。だってお姉ちゃんの大事な写真だから。」
言い置いて、多分杏奈は今気づいたのだろう。辺りを一度見まわしてから
「そういえば、お姉ちゃん…ここって……?」
と聞いてきた。ほんと今更に。
「あーうん。まぁ、あくまであたしの推測なんだけど、撮影とかそう言うんじゃなければ多分……」
悠奈は空を促しながら続けた。
「異世界…とか?」
そう言いながらも、頭の中では先程のシリアスな雰囲気を吹き飛ばして往生際の悪いことを考える。
お願い、杏奈どうかこの状況を否定してくれ、と。
しかし、分かってはいたことだが、どんなに祈ってみてもやはり現実は変わらないようで、杏奈は不思議そうにして、呆然として、驚いてと実に反応豊かだった。
「…え?……えっ!?」
視界の先に映ったのは暗い藍色に染まった夜空。その中で、きらきらと瞬く星たちの中に見慣れた大きな月が浮かんでいる。