揺れる恋 めぐる愛
それじゃ、まるで……

でもこの人はそんな人じゃない。

そう、頭の痛い私にだってそれくらいはわかる……

あの夜私は……

先輩を確かに裏切ることになった。

私は目を閉じたまま低い声色で突き放した。

「私はあなたの物じゃないです……」

髪を撫でていた手が止まる。しばらくの沈黙。


そして、静かに手が離れた。主任の哀しげな低い声が部屋に響く。

「人は決して他人のものには……

ならない。誰のものでもない。

戸籍で縛れても、居場所は自らが決めるもの。

男がお前は俺のものと言おうが、所詮それは女が望むからだ。

それは女にも言えるだろう……

違うか?」


私は熱で聞いていないふりをして、

目を開けずにそのまま何も答えなかった。

「今は人のものでいいさ。

その事実を今俺にはどうすることもできないから……

熱のお前にこんなことを言ってもおそらく高熱で

ほとんど覚えていないだろう?」

また、髪に柔らかい何かが触れた。再びビクつく私。

「もうしばらく寝てろ。

こんな時ぐらい、誰かそばに居て欲しいだろうから、

このまま俺が居てやる……」

先ほどの言葉の意味を考えたくなくて、私はすぐさま意識の闇に自ら堕ちた。

髪を撫でられる大きな手を心地いいと思いながら……
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