jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
そのとき、鞄の奥底でかすかな着信音と振動を感じたが、香さんの瞳に釘付けになったまま動けなかった。
(秀斗、ごめん・・・・・・友達だよ、許してね)
心の中でそう言い聞かせながら、わたしは答えた。
「嫌だなんて思っていません。むしろ嬉しいです。わたしも一目見たときから、他の人とは違った感情が生まれていました。だけど、わたしはその思いをむき出しにできる立場ではありません」
そう言い終えたあと、視線は香さんの瞳から鼻、唇を通って、パーカーへと移ってしまった。
「あぁ、分かっているよ。彼氏がいるのか? それとも結婚している?」
彼氏がいると普通に答えればいいのに、わたしは胸を張って幸せそうにそう答える気持ちにはなれなかった。
(わたしは卑怯者だ・・・・・・)
そう感じながらも、不思議と唇は準備していたようにスムーズに動いていく。
「3年間付き合っている同い年彼氏がいますが、寂しさが理由で付き合ってしまったせいで、今は将来の生活のために一緒にいるような気がしてならないのです。優しい人です。だけど、デートは短時間で何もかもを済ますといった感じです。わたしは何も満たされないのに・・・・・・寂しいし、痛いし・・・・・・早くピリオドを打って、新しいスタートを切れば幸せになれるのかもしれません。だけど、1人になるのが怖くて、いつもそこから動けなくなってしまいます。そして、このままでいいんだと自分に言い聞かせるのです」
誰にも伝えたことのない気持ちを、一気に全部吐いてしまったせいか、まだ涙が溢れ出てきた。


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