jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
ある日、わたしは香さんに言った。
「香さん、お婆さんに報告に行こう?」
すると、香さんは、最も苦手な食べ物を口に詰め込んだかのような渋い顔をした。
「今日は行かないよ。そのうちにまた・・・・・・」
お婆さんにずけずけ言われることを予期していたのだろう。
出来ちゃった結婚なんてことを伝えたら、どんな反応をするのか?
だが、いくら噂好きのお婆さんでも、自分が赤恥をかくようなことを言いふらしはしないだろう。
むしろ、内心では喜んでくれると思うのだが・・・・・・。
それは、香さんの前の奥さんが、妊娠できない体質だったからだ。
それに、妊娠のこととは別に、わたしにはもう1つとっておきの報告があった。

「こんにちは、お婆さん」
いつものようにカウンターに座って、テレビを見ていた。
ゆっくりと振り向きながら、わたしの方を見据えた。
「あら・・・・・・久しぶりだね。餌でも切らしたかい?」
「いいえ。餌はいりません。マロンが亡くなった日に、わたしは妊娠したようです。今はお腹の中にマロンの生まれ変わりがいるんです」
お婆さんの細かった目は、徐々に大きく見開かれていった。
こんなに柔軟性がある瞼だとは意外だった。
頑固そうな目は、ぴくりとも動くことはないと思っていたからだ。
「でき婚か・・・・・・」
(りゃ・・・・・略語つかってますよ)
わたしはうっすら苦笑いを浮かべて、お婆さんに告げた。
「あと、もう1つ伝えることがあります。というかお願いでもありますけど・・・・・・」
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