jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
徐々にお腹が膨らんでくるにつれて、香さんは嬉しそうな半面、不安な表情を見せることが多くなった。
今までは触れないでおこうと思っていたが、今日は思い切って聞いてみることにした。
「香さん、最近落ちつかない様子だけど、不安なことでもあるの?」
香さんは窓から新緑をぼんやりと眺めていた。
このごろは、ずっとこんな調子で、何か考えごとをし続けているかのようだった。
「あぁ・・・・・・。バレていたんだね。こんなとき役者だったらよかったなって思ってしまうよ。この際だから、蕾にきちんと伝えるよ」
そう言い終えると、急にわたしの目の前で正座をした。
「ど・・・・・・どうしたの? そんなに改まって?」
さっきまで脱力していた表情が、今では即効性のある強烈なスパイスでも振りかけたように、キリッと引き締まっていた。
「籍の話なんだ。僕たちは結婚式をあげなかったけど、もう同居もしているし、子供もできた。だから、籍を入れてもいいと思っている。だけど、どこか引っ掛かるんだ。僕が籍を入れたことで何年も煩悶し続けたせいかもしれないが、蕾のために籍は入れない方がいいんじゃないかって思ってしまうんだ。蕾は僕より10歳若い。籍は、牢獄行きのチケットような気がしてならない。僕は絶対に蕾を束縛してしまう。籍という法律付の檻でね」

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