jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
「わたしは一瞬怯んだが、そう答えるしか術が見つからなかった。
「籍を入れるのは延期になりそうだね・・・・・・」
わたしの素振りに落ち着きがなかったからだろう、気付かれてしまったようだ。
恐る恐る香さんの顔を見ると、わたしは息を呑んだ。
目の前にあったのは、ミザリーの滝に打ち砕かれたような痛々しい香さんの姿だった。
人間なのに、人間じゃないような・・・・・・香さんは妖精なのだろうか?
生きる世界を崩壊させられてしまった、1人ぼっちの妖精。
大切なものを目の前で奪われていく残酷な光景でも見ているかのようだった。
ゆっくりと踵を返す香さんに、思わず声を掛けてしまった。
「香さんっ! ごめんなさい。嘘なの。さっきの電話は志音だった。離れ離れになってから、一度も連絡はなかったのよ。なのに、急に・・・・・・。ごめんなさい。わたし、志音と友達としてならやり直そうと思ってしまうの。秀斗と同じように・・・・・・。だけど、香さんは友達じゃないわ。香さんはわたしの恋人・・・・・・ううん、赤ちゃんのパパになる人なのよ。だから、籍を入れてください・・・・・・」
香さんの肩は少し震えているようにみえた。
「・・・・・・ねぇ、蕾。蕾は愛されているんだねぇ。あぁ、分かったよ。僕は蕾の笑顔が好きだから、それを奪うことはしないよ。秀斗君と志音さん、僕がいるせいで、蕾を手に入れられなかった。そして、僕を含め、この3人は蕾を泣かせた存在。だから、僕たちは、罪を償わなければならない。それぞれに見合った、愛という名の苦しみを抱いてね。その2人には、友情という屈辱を与え、そして僕には、蕾を自由にしても愛し続けるという懊悩の葛藤を与えるのさ。なんて美しい愛だろう・・・・・・」
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