jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
千砂兎さんは、セピア色の髪を掻き上げながら、切れ長の目を更に鋭くさせた。
龍のように、瞳孔が縦長に伸びてしまいそうなほど、野性味溢れる目つきだった。
「わたしは、元は貧乏さ。母が生まれたのは、ここ。今は改築されて、わたしの別荘になっている。要するに、母は、名の高い厳粛なお家で育ったということ。もちろん、自由な恋愛なんて許されなかった。許嫁だって勝手に決められていた。全ては家のため。だけど、大学の研修で県外へ行ったとき、運命の出会いをした。父のミカエル・セルスターだ。両親の恋愛に興味は湧かないから、詳しくは知らないけど。まぁ、あの時代だから、電話番号とか住所を紙に書いて交換したんだろう。もちろん、連絡は母からだった。家族に知られてはまずいからね。成人した夜に、家を出た。そんな境遇だから、わたしは産まれたから貧乏だったよ。父は、外国からやって来た名の売れない修理屋だった。細かい作業が好きでね。わたしも小さいときから、よく手伝っていたよ。母はそんなに体が強いわけじゃないから、あまり出稼ぎにもいけなかった。金持ちになったのは、わたしが開業に成功してからさ。香との出会いは、中で話そうか」
遠い目をしていた千砂兎さんは、近くにいるわたしの瞳にピントを合わせた。
「あっ、はい! おじゃましますっ」

通路には、虎や龍が描かれた屏風が、豪勢に並べられていた。
改築されたといっても、昔の名残は消えておらず、歴史を感じるような重厚な香りがした。
それもそのはずだ、ここにそびえ立つ柱や敷き詰められた畳は、何年もの歴史を目にし、音も感触も全て、吸収してきたのだから。


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