jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
言い切った千砂兎さんは、少し息切れしている様子だった。
全てを思い出したせいだろう、表情に少し悲痛の色が見えた気がした。
「これが全てさ。だから、わたしは自分の意思に従って、香から離れた。修行を積んで、自分で開業したかった。男の下で人生を歩んでいくなんて、まっぴらごめんだ。わたしは、自分の足で立って生きていきたい。そして、香が羨むような技術士になってやること。それが、わたしの真の望みだ。指が1本なくても、この勝負にハンディーなんていらない」
千砂兎さんの右手に目をやった。
わたしは、見過ごしていたようだ、彼女が右手にだけ、黒い皮手袋をしていることを・・・・・・。
そこには、やはり金色の龍が刺繍されていた。
金色の龍、これは千砂兎さんの性格や生き方、全てを象徴する紋章なんだろう。
強く、逞しく、そして美しく・・・・・・。

「長々と話してしまったね・・・・・・」
穏やかに戻った千砂兎さんに、わたしは言った。
「いいえ、話を聞けてよかったです。香さんと千砂兎さんは、長く深い付き合いだったんですね。今は遠距離ライバルみたいですけど・・・・・・」
嫉妬のような、少し安心したような微妙な感情が、わたしを襲った。
だけど、逃げなくてよかった。
これでわたしは、心おきなく香さんを愛せるのだから・・・・・・。
わたしが香さんに抱くのは、愛だけだ。
< 120 / 159 >

この作品をシェア

pagetop