jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
「蕾、もう少し、ゆっくりしていってくれないか?」
そう言った千砂兎さんは、寂寥感に帯びた瞳をしていた。
あの質問をすべきときがやってきたと感じた。
「千砂兎さんは、どうして、わたしに優しくしてくださるのですか?」
千砂兎さんの視線が、テーブルの木目へと移動した。
「う~ん。どう伝えたらいいだろうか?」
一直線を貫き通す彼女が、艶めかしく戸惑っている様子は、どこか新鮮さに満ちていた。
「わたしは、何を言われても受け止めます。だから、本当のことを教えてください」
すると、今度は、真剣な眼差しを向けてきた。
調子を取り戻した金の龍は言った。
「本能に従った。ただそれだけのこと。香とわたしは、似た者同士。ライバルというのはそんなものさ。香が愛する女。それは、わたしにだって魅力的に映るに違いない。味わいたいと思った。香の脳裏に隠された欲情を。微塵たりとも、零れ落ちたことのないあいつの性欲を、掻き乱した女を」
そのときのぎらついた瞳は、香さんを思い出させた。
2人は似ている。
似すぎているからこそ、繋がり合えなかった、そんな気がした。
S悪魔同士の平行な関係は、あり得ないだろうから・・・・・・。
わたしが茫然としていると、千砂兎さんは慌てて言葉を付け足した。
「すまない・・・・・・。野蛮なことはしないから、安心してくれ。この通り、わたしは男性不信だ。自業自得なんだが・・・・・・。神から罰を受けたのかもしれない。わたしも人間だ、寂しいという感情もある。性に従うと、虚しさを埋められないんだ。全てを教えた蕾にだけは、香に愛された蕾にだけは、わたしも愛されたいと思う」
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