jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
たとえ、屋敷じゅうにその単語が響き渡っても、誰も意図を理解できないは承知の上だが、叫ばずにはいられなかった。
第一、全員揃っていたとしても、千砂兎さんと執事2人しかいない。
「どうした? そんなに大声を上げて。何かいけなかったかい?」
良いも悪いも・・・・・・わたしは、そのシーンを想像しただけで、沸騰してしまいそうなのに、千砂兎さんときたら、平然とした態度の上、更に、私の顔を不思議そうに覗き込んできたのだ。
「だだだだって、キ・・・・・・キスぅ・・・・・・」
ドアップの千砂兎さんは、美男子にしか見えなかった。
しかも、ハーフときた!
妖艶な唇が耳元に近付いてきた。
「だって、海外じゃ、キスが挨拶なんだから。だけど、塞ぐまではしないけどね・・・・・・」
耳たぶの毛細血管が拡張して、パンパンに腫れてしまうんじゃないかと思った。
「なんなら、現実の世界で試してみる?」
「・・・・・・」
何も言い返せなかったのは、もちろん、忸怩たる理由もあるだろうが、おそらくは、密かに千砂兎さんを欲してしまったのかもしれない。
(わたしは、なんて、汚らわしい心の女なんだ~!)
心胆が茶色に茹であがり、固くなってしまったんじゃないかと、鶏のハツの煮付けまで想像してしまった。
きっと、香さんと千砂兎さんに、甘辛味で火あぶりににされたせいだ。
そうやって、人のせいにしてしまう自分が、更に醜く思えてきた。
「断れないわたしって、最低なんでしょうか?」
少し半泣きのわたしに、千砂兎さんは笑いながら言った。
「バーカ! 考えすぎだっつ~の」
そう言って、軽くデコピン攻撃してきた。




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