jack of all trades ～珍奇なＳ悪魔の住処～【完】

不思議なことに、店内は静まり返っていて、誰１人、荒れ狂った感情を持つ者はいなかった。
（もしかして、セーフな感じ？）
しかし、そう安堵できたのは、ほんの数秒だけだった。
「蕾･･････お帰り･･････。僕は一睡もできなかったよ」
香さんの項垂れた声は、なんとも痛々しかった。
「彼の怒りと嘆きを慰めるわたしたちもね･･････」
香さんと同様、志音も秀斗も目の下にくまができていた。
「蕾、早く戻ってきてくれてよかったよ。無事で何よりだ。ある意味、僕の方が無事じゃないんだ。実はね･･････」
秀斗が続きを話そうとしたとき、香さんが瞬時に遮ってしまった。
「秀斗君のことより、こっちが先だ！」
香さんの声はいつになく低く、爽やかなアルトが、思いっきりバスに急落下していた。
（ひ～っ）
横髪で半分隠れた顔は、息もできないほどの恐ろしさを醸し出していた。
「千、久しぶりだね･･････。君がこんなに出世しているとは、夢にも思っていなかったよ。こんなことをして･･････僕を恨んでいるのかい？ 僕は何年も待っていたんだ。それだけは伝えておくよ」
わたしは、香さんが千と呼んだ人物を振り返って見た。
いったい、この龍はこんな現状で何と言い返すのだろうか？
「香はくれなかったじゃないか。わたしに何をくれた？ 愛も技術も中途半端にしか貰っていないよ。そんな中でわたしが満足できるとでも？ 生活してみて分かったんだ。わたしは香をライバルだとしか思っていないことをね。人は感情に浮かされると、真実が見えなくなるんだ。わたしがここを出たのは、真実に気付いたからさ。
香には負けたくないとね。気持ちも技術も！ まぁ、事故に見せかけたのだけは謝るよ」