jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
明るい調子で言い放った千砂兎さんだったが、目だけは座っていた。
睨めつけるような鋭い目だった。
香さんは何も言わなかった。
脳裏で過去を探っているかのような、遠い目をしていた。
「蕾を勝手に誘拐したのは、謝る。だけど、香に貰えなかった温もりを、わたしは蕾から貰いたいと思っている」
それを聞いた香さんは、髪を掻きわけながら、顔を上げた。
「どうして、蕾なんだ? 腹いせか? そんな汚い感情で蕾を求めないでくれ」
すると、千砂兎さんは、スーッと重荷が取れたように、柔和な顔付きに変わった。
「やっと、言えるときがきた。実はね、蕾とは昔に出会っていたんだ」
1番驚いているのは、紛れもなくわたしだった。
「どういうこと・・・・・・?」
「蕾、落ち着いて聞いてくれ。わたしが指を失ってなって数日経ったある日、気分転換も兼ねて、公園のベンチでアクセサリーを製作していたんだ。苦戦していた。上手くいかなくて、感情も乱れいるときだった。そんなとき。ある少女が話しかけてきたんだ。『お姉ちゃん、悲しそうな顔してどうしたの?』ってね。指を失って、物作りが上手くいかなくて悔しいことを伝えたんだ。そしたら、『大丈夫だよ。わたしが治してあげるよ』その子は、そっと私の右手に自分の右手を重ねてきた。なんて温かいんだろうと、その少女が愛おしくなった。会う度に、温もりと励ましの言葉をくれたんだ。10歳近くも年が違うのに、慰められている自分が恥ずかしくもなった。ある日、少女が泣きながらやってきた。なぜか、母親を連れて」
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